2014年5月6日 のアーカイブ

吾妻はや

2014年5月6日 火曜日

大型連休の最終日、道路や鉄道、空の便など、ふるさとや行楽地で過ごした人たちの帰省集中となり、お疲れの向きもあろうかと思います。

当社では初宮参りや交通安全祈願などの合間、国府祭の片付けや整理となりました。

気象条件などもあってか、今年の国府祭は5500人の減(警察発表)とのことです。

吾妻山を遙拝

吾妻山を遙拝

さて、本日は地鎮祭の他、吾妻山(ゴルフコース)におまつりされる吾妻社のご奉仕がありました。

お山は急な斜面であり、ホール内につき危険も伴うため、あらかじめ管理者が清掃とお参りを済ませた上で、地権者とゴルフ場関係者がハウス内に参列して、「遙拝式」(ようはいしき)を執り行いました。

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吾妻神社(あづまじんじゃ)には、日本武尊(やまとたけるのみこと)の后(きさき)・弟橘媛(おとたちばなひめ)がおまつりされています。

『古事記』の東征(とうせい)神話には、倭建命(やまとたけるのみこと:『古事記』の表記)が相模の走水(はしりみず:横須賀市)から上総(かずさ:千葉県)に渡る際、荒浪(あらなみ)に遭ったところ、弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと:『古事記』の表記)が入水して海神を鎮めました。

さねさし 相武(さがむ)の小野に 燃ゆる火の 火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも (『古事記』)

これは「相武の国造(くにのみやつこ)に騙(だま)されて、火を放たれた時にも私の身を按じてくれた貴方」という倭建命を慕う別離の和歌です。

東国平定(とうごくへいてい)を成し遂げた倭建命は、足柄の坂本で「吾妻はや」と妻への尽きぬ嘆きを発しますが、これより東国を東(あづま=吾妻)というようになったそうです。

国府祭 大矢場

2014年5月6日 火曜日

ぽつりぽつりと雨が落ち始める中、神揃山(かみそろいやま)から大矢場(おおやば)へと斎場が移りました。

総社・二宮・八幡宮では今年も大神輿での渡御(とぎょ)となりましたが、平成30年には「各社揃い踏みで大神輿による渡御を」との声も上がっています。

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大矢場斎場の馬場公園には、各社の囃子太鼓が賑やかに響きわたりました。

昔は農具市や見世物小屋が立ち、一年に一度の楽しみだったようです。

現在では多くの露店が出て、家族連れや子供たちで賑わいをつくっています。

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さて、七度半のお遣いといわれる各社の奉迎使(ほうげいし)により、総社の神さまを斎場にお迎えしました。

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平安装束(へいあんしょうぞく)を身にまとい国司(こくし)に扮(ふん)する大磯町長とともに、神祇(じんんぎ)制度あるいは、国の行政を物語る祭政一致の神事「国司祭」(こくしさい)が繰り広げられました。

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「七十五膳献上」(しちじゅうごぜんけんじょう)といわれる五社へ神饌(しんせん:神さまへのお供え物)が供えられた後、各社のご分霊「守公神」(しゅこうしん)を総社に納める儀式「神納対面の儀」(しんのうたいめんのぎ)が執り行われました。

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任官した国司が国内の有力大社を巡拝するには、莫大(ばくだい)な費用や人数、日数などがかかることから、ご分霊を総社におまつりして国府祭が始まりました。

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その後、「国司代奉幣」(こうしだいほうべい)、「神裁許の儀」(しんさいきょのぎ)が執り行われ、大矢場での神事を無事終えました。

お参りの方々には神揃山同様、各社の粽(ちまき)が頒布(はんぷ)されました。

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「逢親場」とも表される大矢場ですが、逢瀬(おうせ)を楽しみつつ、今度は八幡宮から順に各社へ還御(かんぎょ)となりました。

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大矢場からの道中、伊勢原の行在所(あんざいしょ)で休息を取ります。

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今年も観光協会や商工会、商店会などのお出迎えを受けて、「着御祭」(ちゃくぎょさい)を執り行いました。

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夕方は冷え込んで来ましたが、青年たちは勢いが衰えることなく、神戸(ごうど)からお宮に向かって神輿を担ぎました。

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無事に宮入りを迎え、1300有余年の伝統をまた一つ重ねることができました。

ご協力の皆さまに感謝御礼申し上げます。

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国府祭 神揃山

2014年5月6日 火曜日

金目の行在所(あんざいしょ)を後にして、神揃山(かみそろいやま・かみそりやま)へと出立(しゅったつ)。

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一行は大磯学園前でバスを降り、在庁(ざいちょう)役のお出迎えを受けて、神揃山の北側から山道を進みます。

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各社とも参道が定められていますが、斎場へは当社が最も険しい道程です。

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現在では皇紀2600年(昭和15年)に各社お揃いで奉製された白木の神輿ですが、昔はこの山道を大神輿でどのように渡御(とぎょ)したものか、何とも想像をかき立てられます。

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神揃山にも2箇所の化粧塚(けしょうづか)が設けられ、古のことも思いながら定めし時間通りに斎場へと歩を進めました。

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一宮、二宮の斎場お着きの知らせを受けて、当社も斎場入りとなりました。

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斎場では準備班が万端整えて御成(おなり)を待ち構えていました。

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神輿のお着きとともに、海の幸、山の幸、季節のものをご神前に並べまつり、「着御祭」(ちゃくぎょさい)の斎行(さいこう)です。

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昔は熟饌(じゅくせん)といって煮炊(にた)きしたものを供えていました。

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一宮から始まり、着御した順番通りに着御祭が斎行されました。

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一国一社・八幡宮の式が終わると、総代の合図で当社の「粽行事」(ちまきぎょうじ)が始まります。

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各社の無事鎮座を寿(ことほ)ぐ儀式ですが、青年会により四方八方に粽が撒(ま)かれました。

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粽行事とほぼ同時に、各社(寒川神社・川勾神社・比々多神社・前鳥神社・平塚八幡宮)への「五社列拝」(ごしゃれっぱい)となります。

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そして、正午になると古式「座問答」(ざもんどう)が始まります。

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任官した国司(こくし)が、国内の有力大社を参拝して「天下泰平」「五穀豊穣」を祈る祭政一致の伝統行事ですが、大化の改新(645年)とともに、国の編成がなされ、676年には国府祭が始まったとされます。

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相模国の成立により、相武(さがむ)の一宮であった寒川神社と、磯長(しなが)の一宮であった川勾神社が一宮争いをしたことが儀式化されたのが「座問答」です。

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一宮を主張する両社が、神座(みくら)に見立てた虎の皮を、お互いに上位に敷くこと三度、両社は互いに譲りません。

そこに三宮である当社が仲裁に入り、「いずれ明年まで」の掛け声で神事が納められるというものです。

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何とも神さまらしい解決の仕方に、一斉に「おー」というざわめきと、拍手がわき起こります。

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座問答が終わると、定められた神体石(しんたいせき)に、各社の神さまの依り代(よりしろ)である鉾(ほこ)を立てます。

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間もなく、各社から迎神(げいしん)のための奉迎使(ほうげいし)が総社・六所神社へと旅立ちます。

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五社同時に「発輿祭」(はつよさい)を執り行い、一宮から順に大矢場(おおやば=逢親場)斎場へと向かいます。

国府祭 御立ち

2014年5月6日 火曜日

昨日は朝まだき5時18分の地震に驚きながらも、国府祭(こうのまち:県無形民俗文化財)の朝を迎えました。

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開門をする頃には、総代さんが参集し、年番自治会(三ノ宮)、榊会(元氏子総代の会)、青年会(三和会)など、ぞくぞくと境内に揃いました。

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神揃山(かみそろいやま・かみそりやま)・大矢場(おおやば=逢親場)・行在所(あんざいしょ:金目と伊勢原)と諸祭事があるため、荷物の準備が重要です。

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7時半、修祓(しゅばつ=お清めのお祓い)、責任役員挨拶、立ちお神酒、そして諸役奉仕者の召し立てです。

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当番外の青年(栗原祭保存会・神戸青年会)の見送りを受け、なでしこ囃子会(はやしかい)の太鼓も賑やかに、いよいよ御立ちとなりました。

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国府祭は一宮・寒川神社、二宮・川勾神社、四宮・前鳥神社、一国一社・平塚八幡宮、総社・六所神社との合同祭典ですが、国府の地(大磯)には当社が最も遠く、長旅の始まりです。

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昔は八十八ヶ村(実際は十六ヶ村)を村渡しで大磯の地へ赴きましたが、現在では車の移動ながら、長い道のりに変わりはありません。

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昔ながらに化粧塚を経て身を整え、神戸(ごうど)から行在所(あんざいしょ)である金目観音(光明寺)に向かいました。

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金目観音は板東三十三ヶ所霊場第七番目、天台宗の古刹(こさつ)で、平塚市で最も古いお寺です。

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ご住職や金目敬神講のお迎えを受けて、着御祭を執り行いました。

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昨年から堀之内・御嶽太鼓連の囃子太鼓も加わり、担ぎ手の声にも力がこもっていました。

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そして、多くの人たちが見守る中、青年会の担ぐ神輿は金目川へと進み、今年も身を濯(そそ)ぐ〝 禊 〟(みそぎ)の始まりです。

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鯉のぼりが風に靡(なびく)端午(たんご)のまつりは金目川の風物詩ともいえます。

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立夏にしては少し肌寒い陽気でしたが、「イヤートーサーセッ」(弥遠に栄え給え)の掛け声は心地よい初夏を感じさせてくれました。