昨日の日月神社(伊勢原市沼目)を以て、兼務社の春の例祭(れいさい)奉仕を全て修めました。
昨晩は榊会(さかきかい:元総代の会)の役員さんが集まり、国府祭(こうのまち:5月5日)について縷々(るる)話し合われました。
総社(六所神社)からは「座問答」の説明書が到来しました。
六社めぐりの御朱印帳も間もなく完成し、ご案内出来ると思います。
昨晩は、40名以上の実行委員が集まり、第28回まが玉祭の全体会議を開きました。
今年は「お楽しみ広場」(駐車場)への出店が多く、新緑の杜は賑やかな2日間になりそうです。
どうぞ楽しみにお出かけください。
さて、今日は「昭和の日」。
明治34年(1901)の今日、昭和天皇はお生まれになりました。最も長かった昭和の時代には「天皇誕生日」であり、昭和64年(1989)1月7日に昭和天皇が崩御(ほうぎょ)され、元号(げんごう)が平成に改まるとともに「みどりの日」に変わりました。
そして、多くの国民の要望により、平成17年(2005)に祝日法が改正されて、平成19年(2007)から「昭和の日」となりました。
緑をこよなく愛された先帝は、全国植樹祭にお成りになり、お手づから苗木をお植えになりました。
人々とうゑし苗木よ年とともに山をよろひてさかえゆかなむ
(昭和29年兵庫県植樹祭)
当社例祭(4月22日)の植木市で手に入れた苗木を、楽しげに植える方々の様子を想像してみました。
今日4月28日は、昭和27年にサンフランシスコ講和条約が発効され、日本が占領政策から解放され、真の主権を回復した独立の日です。
日本では国民の祝日として「建国記念の日」(2月11日)や「天皇誕生日」(12月23日)が祝日となっていますが、アメリカやロシアなど「独立記念日」が国民の日(ナショナルデー)となっている国は数多くあります。
来年から8月11日が「山の日」として祝日に加わりますが、国の歴史として意義ある日が選ばれるべきだと思われてなりません。
さて、今日は神道政治連盟東京都本部・神奈川県本部合同の靖國神社参拝研修会が開催されました。
両都県の神職はもとより、国会議員、都・県議会議員、市議会議員が大勢参加しました。
遊就館をゆっくりと拝観した後、ご本殿において心静かに拝礼しました。
その後、参議院会館に場所を移し、八木秀次氏をお招きして憲法改正についての勉強会を実施しました。
また、衆参両院議員による国政報告など、多くのお話を頂く機会を得ました。
今年は戦後70年ですが、神社では9月を目安に、氏子崇敬者を対象にしたバスによる靖國神社参拝旅行を実施する予定です。
ネパール中部で起きた大地震による被害の状況が刻々と伝えられていますが、世界最高峰のエベレストの雪崩では、日本人登山者にも被害が及びました。
不運にも尊い命を落とされた多くの犠牲者のご冥福をお祈り申し上げるとともに、一日も早い復興、支援者の安全を願うばかりです。
昨日は第18回統一地方選挙の投票が行われ、伊勢原市でも市議会議員選挙の開票結果が発表されました。
議員定数による明暗が分かれましたが、めでたく当選された方々には、世のため人のため、市民のために、誠意と行動を以て活動を開始して欲しいと思います。
今日は今年一番の暑さとなりましたが、お蔭様で昨日刈った茅(かや)を十分に干すことが出来ました。
今月は雨が多かったせいか、茅の生育が芳(かんば)しくない状況ですが、国府祭(こうのまち)に向けて粽(ちまき)づくりが始まります。
瑞々(みずみず)しく眩(まぶ)しい若葉に、心なごみ癒(いや)されます。
今日も御朱印(ごしゅいん)参拝の多い一日でした。
さて、今年の国府祭(こうのまち:5月5日・県無形民俗文化財)は栗原が年番ですが、今日は栗原祭保存会が神輿の担ぎ方を練習しました。
煽(あお)って倒すのは、神霊(みたま)の更なる発揚(はつよう)を願うものですが、〝 暴れ神輿 〟といわれる所以(ゆえん)です。
伝統的な仕来(しきた)りに倣(なら)って行うものですが、技術を要するのはもちろんのこと、担ぎ手の息を合わせるのが何より大切です。
機微(きび)を感じながら、作法を丁寧に確認する青年の様子に、祭事への期待と楽しさが膨(ふく)らんできました。
例祭後の直会(なおらい)を終えて間もなく、神輿渡御(みこしとぎょ)の始まりです。
三和会、栗原祭保存会、神戸保存会の青年たちは、それぞれの氏子内において、藁火(わらび)の上を「火渡り」で外清浄(げしょうじょう)、「立ち御神酒」で内清浄(ないしょうじょう)を行い、宮総代の迎えを待ちました。
気持ちの高ぶりと緊張感が伝わる一場面です。
境内では各青年会の宮詰め時間を、今か今かと待ち受けていました。
供奉行列(ぐぶぎょうれつ)の諸役を召(め)し立て、それに「オー」と呼応する奉仕者に大きな拍手が起こりました。
「出立」(しゅったつ)の合図とともに、行列がお立ちとなりました。
権現堂の化粧塚(けしょうづか)は、昔は旅の装束に着替えるところで、身なりを整えて御旅所(おたびしょ)へ向かいます。
三ノ宮・栗原から神戸渡しとなる前に、宮司が振奉幣(ふりほうべい)を執り行い、神霊(みたま)の更なる発揚(はつよう)を願います。
神戸の行在所(あんざいしょ)に着御(ちゃくぎょ)すると、お着きの式を執り行い、暫(しば)しの休息となります。
今度は発輿祭(はつよさい)を執り行い、神幸祭(しんこうさい)も帰りの旅路となります。
神楽殿(かぐらでん)では、伝統の里神楽(さとかぐら)が演じられ、神話の世界に誘(いざな)われていました。
また、境内には植木市や露店が出揃い、行列の帰りを心待ちにしていたと思います。
いよいよ神戸原からは、行列に三基のからくり人形山車が加わり、祭りの雰囲気も一層華やかに、賑やかになります。
残念なことに、天気予報とは裏腹に、雨粒が落ち始めました。
この頃には、カメラのレンズを構える愛好家が、黒山の人だかりとなっています。
宮入を間近に、青年の発する「イヤートーサーセッ」(弥遠長に栄え給え)の声は大きく、太鼓の音も最高潮に達します。
玉垣に設置された墨絵の雪洞(ぼんぼり)や提灯(ちょうちん)に明かりが灯(とも)り、神さまの還御(かんぎょ)の道を照らしました。
ご到着を告げる神鐘(かね)が境内に響き、殿内でも報鼓(ほうこ)が打ち鳴らされます。
神輿は参道を真っ直ぐに、氏子青年の手により殿内に着けられ、すぐさま神霊が本殿へとお遷(うつ)りになります。
神輿の鎮座(ちんざ)を寿(ことほ)ぎ、当社に伝わる伝統の粽(ちまき)行事が行われました。
最後のお祭り、鎮座祭(ちんざさい)で結びとなり、今年の例祭も滞りなくご奉仕することができました。
ご関係の皆様に感謝御礼申し上げます。
天候に恵まれ、何よりのご褒美(ほうび)です。
多くの皆様のご尽力とご協力により、この日を迎えることができ、感謝の一言に尽きます。
当日(22日)早旦(そうたん)、社殿内舗設(ほせつ)、神饌(しんせん:神さまのお供えもの)準備などを整え、気を引き締めて正服(せいふく)を着装(ちゃくそう)しました。
例祭式に先立ち、手水(てみず)でお清め。
時刻、境内所定の祓所(はらえど)において、大麻(おおぬさ)と塩湯(えんとう)にてお祓(はら)い。
お蔭様で、今年も数多くの氏子・崇敬者の方々にご参列いただきました。
鉄棒(かなぼう)の青年による先導で、宮司以下祭員、献幣使(けんぺいし)・同 随員(ずいいん)、総代及び氏子・崇敬者が列次(れつじ)を整えて、御殿(ごてん)に参進(さんしん)しました。
粛々とした雰囲気の中、厳粛に例祭式をご奉仕しました。
天地(あめつち)の 神にぞ祈る 朝なぎの 海のごとくに 波たたぬ世を 昭和天皇御製
浦安の舞
舞姫(まいひめ)が奉奏(ほうそう)する「浦安の舞」(うらやすのまい)に、心静かに恒久平和の祈りを込めました。
例祭式を滞りなく納め、安堵(あんど)の表情で退下(たいげ)しました。
直会(なおらい)の後は、午後の神賑(しんしん)行事が控えています。
雨を気に掛けずに祭典に臨むことができるのは非常にありがたいことです。
比々多の杜(もり)が暮れ始める午後7時、静寂(せいじゃく)の中を青年会(三和会・栗原祭保存会・神戸青年会)がたたく太鼓の音だけが里内に響きわたりました。
毎年のことながら、参道(さんどう)を参進(さんしん)するこの雰囲気は、何ともいえない感動に包まれるものです。
年に一度のご動座(どうざ)、神さまが本殿から神輿(みこし)にお遷(うつ)りなりました。
太鼓の賑々(にぎにぎ)しさ、一方で祭典の粛々(しゅくしゅく)とした緊張感。
これこそ日本の祭りの素晴らしさです。
直会(なおらい)では、御神酒(おみき)も進み、明日の例祭本番は楽しく賑やかになる予感がします。
*直会~神事の一部で、神饌(しんせん:神さまのお供えもの)を「神人共食」(しんじんきょうしょく)で頂くこと。