‘なぜ?なに?’ カテゴリーのアーカイブ

相模ハ酒醸ナルベシ

2020年11月11日 水曜日

青空の広がる霜月の今日の佳日(よきひ)、酒造神(しゅぞうしん)である酒解神(さかとけのかみ)を称(たた)えて「酒祭」(さかまつり)を斎行(さいこう)しました。

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午前9時半にお宮を出発し、栗原(くりばら)の沢山(さわやま)にある三段の滝へと向かいました。

滝の脇に鎮座する水神さまに御饌御酒(みけみき)をお供えして、水神祭(すいじんさい)の始まりです。

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宮司や神社責任役員はもとより、蔵元、卸、酒販店、総代が順番に、湧き出る清水を桶(おけ)に汲(く)み上げました。

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山を下りて神社に戻り、神職は装束(しょうぞく)、総代は羽織袴(はおりはかま)に着替えて「酒祭」を執り行いました。

祭儀では県指定文化財の神実(かむざね)「うずらみか」に沢山の御神水(ごしんすい)を湛(たた)え、海川山野種種味物(うみかわやまぬのくさくざのためつもの)をお供えして、新酒の醸造安全、酒類業の商売繁昌を祈請(きせい)しました。

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伴信友(ばんのぶとも:江戸後期の国学者)は〝相模は酒醸(さかがみ)なるべし〟といっていますが、今年も酒解奉賛(さかとけほうさん)の御生(みあれ)の神事を恙(つつが)なくお仕えすることができました。

立皇嗣の礼

2020年11月9日 月曜日

4月19日に予定されていた「立皇嗣の礼」(りっこうしのれい)は、新型コロナウイルス感染症の影響により延期の御沙汰(ごさた)が下されていましたが、昨日(11月8日)の令辰(れいしん=めでたい時、佳節)にあたり、皇居宮殿(こうきょきゅうでん)において、国の儀式として厳かに無事に挙行されました。

畏(かしこ)くも天皇陛下におかせられましては、午前9時に宮中三殿(きゅうちゅうさんでん)へお出ましになり、「賢所皇霊殿神殿に親告の儀」(かしこどころこうれいでんしんでんにしんこくのぎ)をお仕えあそばされました。

午前11時には宮殿「松の間」において、秋篠宮殿下(あきしののみやでんか)が皇位継承順位第1位である皇嗣(こうし)となられたことを広く内外にお示しになる「立皇嗣宣明の儀」(りっこうしせんめいのぎ)が行われました。

続いて「鳳凰の間」において、皇位継承者の印(しるし)である「壺切御剣」(つぼきりのぎょけん)の親授(しんじゅ)が行われました。

御代(みよ)替わりの御大礼(ごたいれい)の全てが滞りなく執り行われ、国民斉(ひと)しくお祝い申し上げる次第です。

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また、伊勢の神宮では、豊受大神宮(外宮)皇大神宮(内宮)には勅使(ちょくし)が遣(つか)わされ、「奉幣の儀」(ほうへいのぎ)が執り行われています。

当社でも全国の神社同様、臨時祭として「立皇嗣の礼当日祭」を斎行(さいこう)し、奉祝の誠を捧げました。

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冬のまつり

2020年11月6日 金曜日

明日は冬の始めで「立冬」となりますが、今年も鞴祭(ふいごまつり)をお仕えする季節になりました。

鍛冶屋(かじや)や鋳物師(いものし)等、鞴を用いる人の旧暦11月8日の行事ですが、機械部品を製造する工場では46回を数える伝統行事となり、社業にとっても重要な位置づけの祭事です。

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これも毎年のことですが、新しく作り上げた鋳物を神座(しんざ)の中央に据えて、守護神にお遷(うつ)り頂きました。

時節柄、直会(なおらい)は取り止めとなりましたが、従業員にとっては風邪薬ともいえる、お供え物の蜜柑(みかん)が例年と変わりなく配られていました。

神宮大麻と広報資材

2020年11月4日 水曜日

鳥居の内にある手水舎(てみずや)では、柄杓(ひしゃく)利用を止め、流水によりお一人ずつお清めをして頂いています。

現在は混乱もありませんが、初詣の混雑を想定して、仮設の配管工事をする予定になっています。

今朝は大工さん、水道屋さんと彼是(あれこれ)工事の相談を行いました。

兼務社へ配布する広報資材

兼務社に配布する広報資材

さて、今週末から1ヶ月余り、週末は兼務社での新嘗祭(にいなめさい:新穀勤労感謝祭として斎行)並びに神宮大麻頒布式(じんぐうたいまはんぷしき)、大祓式が始まります。

変わらない祈りのため、大切な祈りのある暮らしを勧奨(かんしょう)するため、所管神社(25社)に配布する広報資材(ポスター、リーフレット、チラシ等)の仕分け作業を行いました。

家庭や職場の神棚にお祀(まつ)りする御神札(おふだ)は、年末に地域の神社から授かるのが良き風習であり、言わば古くて新しい〝 伝統と蘇(よみがえ)り 〟という日本人の根底にある精神性ともいえます。

社務所では各社の御神札を早めに支度していますので、お参りの上お受け下さい。

教育勅語渙発百三十周年

2020年11月1日 日曜日

本年は明治23年(1890)10月30日に教育勅語が渙発(かんぱつ)されてから130年という年にあたります。

御神前では「月次祭」(つきなみさい)に併せて「教育勅語渙発百三十周年記念祭」を執り行いました。

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教育勅語は戦後間もない昭和23年(1948)に、国会決議で排除・失効となりましたが、親に対する孝養(こうよう)、兄弟姉妹は力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく、友人は信じ合い、自身の言動を慎み、全ての人に愛の手をさしのべ、学問を怠(おこた)らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、進んで社会公共のために貢献し、法や秩序を守り、非常事態には真心を捧げて国の平和と安全に尽くすといった内容は、古今(ここん)に通じる不易(ふえき)の理念であり、道義心に溢(あふ)れた日本人の根本精神といえます。

死者の霊魂を祭る

2020年10月29日 木曜日

昨日・今日と神道(しんとう)による葬儀「神葬祭」(しんそうさい)のご奉仕がありました。

仏教に比べると馴染(なじ)みのないものかもしれませんが、神葬祭は民俗の固有の信仰に基づくもので、死者の霊魂(れいこん)を神霊(しんれい=みたま)として祭る祭祀(さいし)をいいます。

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平安時代には宮廷(きゅうてい)や神事において、死の穢(けが)れを忌避(きひ)する意識が強くなり、専(もっぱ)ら仏葬(ぶっそう)に頼ってきました。

江戸時代には寺請制度(てらうけせいど)により、神職でさえ許されていませんでしたが、明治に入って願い出により神職による葬儀が認められるようになりました。

しかしながら、『古事記』や『日本書紀』といった古典には、祖霊を敬う様子や死生観について伺い知ることができます。

の本(もと)に生(うま)れ出(いで)にし益人(ますひと)は神より出(い)でて神に入(い)るなり

中西直方


相模國式内社の會総会

2020年10月6日 火曜日

今日は寒川神社において「第43回相模國式内社の會」総会が開かれました。

醍醐(だいご)天皇の延喜(えんぎ)5年(927)に完成した「延喜式」(えんぎしき)は、養老律令(ようろうりつりょう)の施行細則(せこうさいそく)を集大成した法典で、弘仁式(こうにんしき)・貞観式(じょうがんしき)の後を受けて編纂(へんさん)されたものです。

全50巻から成り、第1巻から第10巻には神祇祭祀(じんぎさいし)に関する規定が記されています。(神祇式)

そして、第9巻・第10巻を「神名帳」(じんみょうちょう・しんめいちょう)といい、律令制下において祈年祭(きねんさい)の幣帛(へいはく)にあずかる2861社・3132座が記載されています。

この神社を「延喜式内社」(えんぎしきないしゃ[式内社・式社])と呼び、相模國には13社が掲げられています。

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各社とも千有余年の歴史を誇る由緒正しき神社です。

どうぞこの機会に巡拝(じゅんぱい)をお勧めします。

御祭神を称える祭事

2020年10月4日 日曜日

例年であれば「伊勢原観光道灌まつり」が催され、神輿渡御(みこしとぎょ)の神事奉仕がありますが、今年は感染症拡大防止のため中止となっています。

江戸城を築城した室町時代後期の武将 太田道灌(おおやどうかん:1432-1486)は、関東管領(かんとうかんれい)の地位にあった上杉氏の一族 扇谷上杉家(おうぎがやつうえすぎけ)の家宰(かさい:家長に代わって家政を取り仕切る職責)として仕えていましたが、主君である上杉定正(うえすぎさだまさ)により、糟屋館(かすやのやかた=上杉館)に招かれて謀殺(ぼうさつ)されたと伝わっています。

そして、この扇谷上杉家の館跡が伊勢原市上粕屋にあったと考えられています。

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さて、本日は五霊神社(ごりょうじんじゃ;伊勢原市上粕屋)の例祭並びに戦歿者慰霊祭をお仕えしました。

戦国大名であり、後北条氏の祖 北条早雲(伊勢宗瑞・伊勢新九郎・氏茂など)により、五霊神社には太田資長(おおたすけなが=太田道灌)公が合祀(ごうし)されていて、毎年「伊勢原観光道灌まつり」に合わせて例祭式を斎行(さいこう)しています。

観光行事は中止となりましたが、御祭神を称える祭事は粛々と執り行いました。

マイクロツーリズム

2020年10月2日 金曜日

昨晩は中秋の名月を拝むことができました。今夜は十六夜(いざよい)で満月です。

「月待ち」は、十五夜のみならず、立待月(たちまちづき)の十七夜、寝待月(ねまちづき)の十九夜、二十三夜など、月が出るのを待って供物を供え、飲食をともにして月を拝む民間行事です。

元宮からの観月 昨晩

元宮からの観月 中秋の名月(十五夜)

さて、昨日から東京発着のGo  To  トラベル事業が始まりましたが、観光関係の諸産業には深刻な影響が及んでいて、当社でもバスによる団体参拝やウオーキングツアー等が半年余りない状況が続いています。

本日はマイクロツーリズム(近隣への旅行)需要の喚起のため、市内の観光消費を促進するキャンペーンの募集で、関係者の来訪がありました。

当社としては、併設の郷土博物館を観光クーポン券利用の対象とする予定で、後日詳細をお知らせする予定です。

明日は芋名月

2020年9月30日 水曜日

新米の収穫を終えた篤農家(とくのうか)の方が、「明日は朔日(ついたち)なので御神前に上げて下さい」と新米を奉納になりました。

また、明日は十五夜にあたることから、薩摩芋(さつまいも)と里芋(さといも)もお持ちになりました。

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十五夜は旧暦の毎月15日の夜ですが、旧暦では7・8・9月を秋といい、それぞれ初秋・仲秋・晩秋と呼んだことから、旧暦8月15日を中秋と称して、観月の好時節としてお月見を楽しんできました。

月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月

古くから農耕行事とも結びつき、収穫の感謝祭の意味合いもあり、芋を供えることから「芋名月」と呼ばれたわけです。

里芋の歴史は稲よりも古く、稲作以前の主食とも考えられています。

種芋(たねいも)である親芋のまわりに子芋、孫芋、曾孫芋(ひまごいも)と沢山(たくさん)の芋ができ、種芋自体も成長することから、子孫繁栄の縁起物といわれるのも頷(うなず)けます。