‘なぜ?なに?’ カテゴリーのアーカイブ

元宮の鳥居建立

2017年10月11日 水曜日

本日の佳(よ)き日、氏子総代をおつとめになった方の御奉納で、旧宮山の元宮(もとみや:神社から約500㍍)に鳥居が建立されました。

今月5日に基礎の穴掘り、そして今日の建立の工事も自ら御奉仕下さいました。

IMG_0067

笠木(かさぎ)、島木(しまぎ)、額束(がくつか)、貫(ぬき)、楔(くさび)、柱、台石の部位がしっかりと施され、笠木には反(そ)りが、円柱の柱は内転(うちころ)びがある檜(ひのき)の明神鳥居(みょうじんとりい)です。

基礎が乾いた後、笠木に銅が葺(ふ)かれる予定です。

IMG_0071

天保5年(1834)の『社伝記』によりますと、永正(えいしょう)9年(1512)、小田原から岡崎城に攻め入った北条早雲(ほうじょうそううん:後北条氏の祖)は、「当国に威(い)を震(ふる)い近辺を乱妨(らんぼう)し、本宮、拝殿及び末社、神寳(しんぽう)、神器(しんき)に至るまで兵火のため灰燼(かいじん)す」とあり、当宮で奉仕していた神官(しんかん)・供僧(ぐそう)は逃げ散り、悉(ことごと)く衰廃(すいはい)したようです。

そして、天正(1573-1592)の初めに、社地が現地(旧神主屋敷)に移転遷座(いてんせんざ)となりました。

この旧宮山が当社の跡地であり、元宮となっています。

元宮からの眺め

元宮からの眺め

エイ・エイ・エーイ

2017年9月26日 火曜日

「暑さ寒さも彼岸まで」といいますが、彼岸明けの今日は28度まで気温が上がり、地鎮祭(じちんさい)奉仕を終えると、汗びっしょりとなるほど、残暑の一日でした。

お宮の境内では、初宮詣りの元気な赤ちゃんに負けぬほど、アブラゼミ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシが鳴いていました。

jyoutou

さて、平日は御祈願や出張祭典の申込み、様々な相談などの電話がありますが、上棟祭(じょうとうさい)についての問合せが入りました。

上棟祭は「むねあげのまつり」ともいい、建物を新築して棟木(むなぎ)を上げるにあたり、家屋の守護神(しゅごしん)及び工匠(こうしょう)の神さまをお祭りして新家(にいや、あらや、しんけ、しんや:新屋)に禍(わざわい)無く、平安であることを祈念する祭儀です。

本義では幣束(へいそく)、弓矢を飾り立て、屋上・屋下(おくじょう・おくか)の両所に祭場を設け、「曳綱の儀」(ひきつなのぎ)、「槌打の儀」(つちうちのぎ)、「散餅銭の儀」(さんぺいせんのぎ)という3つの儀式を眼目(がんもく)としますが、略儀では庭上(ていじょう)のみで行い、前述の3儀を執り行わず、代わりに棟木を切麻(きりぬさ)で祓い清めます。

上棟祭は工匠家の仕来(しきた)りを大切にしますが、当社では棟木に晒(さら)しを結び、棟梁(とうりょう)・家主(やぬし)等により、〝 永遠に永久に 〟との意をこめて「エイ・エイ・エーイ」と唱えて棟上げの所作(しょさ)を執り行っています。

本義の槌打の儀では、工匠が幣(へい)を振って「千歳棟」(せんざいとう)「万歳棟」(ばんざいとう)「永永棟」(えいえいとう)と3度唱え、その度に棟木を槌で打ちます。

毎年あらたまる

2017年9月24日 日曜日

毎年、暮れになると新年の準備を進めますが、家庭の神棚におまつりする御神札(おふだ)の支度も始まっています。

伊勢の神宮では、内宮神楽殿(ないくうかぐらでん)において9月17日(日)に大麻暦頒布始祭(たいまれきはんぷはじめさい)が斎行(さいこう)されました。

taima

これにより、新年の「神宮大麻」と「神宮暦」が神宮大宮司(じんぐうだいぐうじ)より神社本庁統理(とうり)に授けられ、続いて各都道府県の神社庁長に伝えられました。

神奈川県神社庁では、来る10月5日に例祭並びに神宮大麻暦頒布奉告祭を執り行います。

その後、県内10支部を通して各社に届けられ、氏子・崇敬者(すうけいしゃ)の各家庭に頒布(はんぷ)されます。

神宮大麻に関する広報物

神宮大麻に関する広報物

お伊勢さんと氏神さまの御神札を神棚におまつりすることで、新たな御神威(ごしんい)を賜り、心もあらたまるものです。

また、日本人の心の内に伝わる〝 誠 〟(真)や〝 清く明るい心 〟も育まれるといえます。

家庭や職場で日々安らぎを得て、心豊かに清らかな一年を過ごすためにも家庭のまつりは大切です。

簡易神棚

簡易神棚

神棚は南または東向きの明るい場所で、目線よりも高い位置に設けます。

社殿の形をした三社造(さんしゃづくり)や一社造の宮型(みやがた)は、現在は神具店やホームセンター、インターネット等で求められますが、当社でも様々な大きさや形の神棚はもちろんのこと、住宅状況に合わせた壁掛け式等の簡易なものもございますのでお気軽にご相談ください。

八幡神

2017年9月10日 日曜日

秋晴れの本日、兼務社の八幡神社(伊勢原市坪ノ内)で年に一度の例祭が執り行われました。

その昔、八幡神社は二本松というところに鎮座していましたが、坪ノ内村が神戸(ごうど)と三ノ宮の一部を分離して一村となった江戸時代の始まり、慶長8年(1603)に現地に移転遷座されたと伝わっています。

IMG_9159

高く聳(そび)える幟(のぼり)には「正八幡大神」(しょうはちまんだいじん)と大きく書かれていますが、御祭神(ごさいじん)は誉田別命(ほんだわけのみこと=応神天皇)です。

八幡神(はちまんしん)は全国でも稲荷神社に次いで多く、宇佐神宮(大分県宇佐市)を総本社とし、全国に分布しています。

奈良時代、東大寺の大仏建立に際して守護神として崇められ、「八幡大菩薩」(はちまんだいぼさつ)の称号が奉られました。

平安時代には平安京の守護神として勧請(かんじょう)され、都の裏鬼門にあたる男山に祀(まつ)られ、鎮護国家の神として朝廷の篤い信仰を集めました。これが石清水八幡宮で、清和源氏(せいわげんじ)の氏神であることから鎌倉幕府が開かれると、幕府の守護神として鶴岡八幡宮が祀られました。

IMG_9157

「八幡掛けて」(誓って)、「八幡」(断じて、決して、全く)、「弓矢八幡」(誓って、必ず)といったように、八幡神に誓って少しも偽(いつわ)りのない場合などにいう語となっています。

「 弓矢八幡成敗致す 」 狂言・入間川

2017年9月1日 金曜日

時折吹く強い風に小枝や葉が落ちたものの、お蔭さまで台風15号による被害もなく安泰です。

朔日(ついたち)参りの崇敬者による赤飯をお供えし、御神前に額衝(ぬかず)いて月次祭(つきなみさい)を斎行しました。

今月も平穏無事をお祈り申し上げます。

長月 社頭掲示

長月 社頭掲示

さて、明日は農協準組合員(GC組合)の研修会が社務所で開催されます。

昨年は「農村とまつり」という表題でお話をさせて頂きましたが、今年は「身近な神道」ということで様々な祭りについて触れたいと思っています。

「祭」という字の「示」は神さまの降臨する祭壇を表し、神、社、祓、榊、崇、祈、祀、礼、祠、祇、祚、福、祖、禊、禍、禰、祷、斎、禮など、示偏(しめすへん)は神や祭りに関することを表しています。

日々営みの中で

2017年8月25日 金曜日

盛り返した暑さと共に、境内では蝉の鳴き声も衰えを知らずに勢いを保っています。

境内の生物同様、私たちの営みは日々の中でそう変わらないものといえます。

玉虫

玉虫

伊勢の神宮では「日別朝夕大御饌祭」(ひごとあさゆうおおみけさい)が朝夕の二度、御鎮座以来約1500年間続けられ、「国安かれ、民安かれ」の祈りと感謝の誠が捧げられています。

当社でも朝夕の「日供祭」(にっくさい)を一年中欠かすことなく執り行い、皇室の御安泰と国家の安寧、氏子・崇敬者の平安と繁栄を祈り上げています。

sin

天地の神のめぐみしなかりせば一と日一と夜もありえてましや 本居宣長

日々の営みの中で、大小となく、天地(あめつち)の神の恵みによらざるものはないということです。

報恩感謝(ほうおんかんしゃ)の一言に尽きます。

座礼の葬儀

2017年8月22日 火曜日

以前にも記しましたが、当社では2月、3月の寒い時期と暑さの盛りでもある8月は、他の月に比べて葬儀の依頼が多いようです。

神道の葬儀(神葬祭)は仏式に比べるとごく少ないものの、地方性(地域性)もあり、姓や出生地を調べると面白いかもしれません。

sinnsousaiさて、昨日は諸事情により、通夜の儀式(通夜祭)を行わない告別式(葬場祭)のみの葬儀奉仕にあたりました。

斎場が和室のため、参列者は足のしびれを感じながらも座礼(ざれい)で臨みました。

略式とはいえ、故人の御霊(みたま)をお遷(うつ)しする遷霊祭(せんれいさい)と葬場祭をお仕えし、発柩(はっきゅう)にあたり柩車(きゅうしゃ)を祓い、葬列を組んで火葬場に向かい、火葬祭を執り行いました。

故人と向き合い、何が大切なのか、何をすべきかなのか、ご遺族に寄り添いながら、本質をしっかりと伝えられるようおつとめしたいと思います。

良き日を選んで

2017年8月6日 日曜日

昨晩の納涼祭の片付けも朝の早い時間に綺麗に片付き、今日も変わらぬ蝉時雨の境内です。

明日は立秋で残暑見舞いとなりますが、今日は酷暑の一日でした。

おめでとうございます

おめでとうございます

さて、当社で神前結婚式を挙げられたご夫妻が赤ちゃんを授かり、晴れて初宮参りにお越しになりました。

ご祈願の間、祝詞(のりと)や鈴祓いの音にも驚かず、すやすやと気持ち良さそうに眠っていました。

神さまの御神徳(ごしんとく)により強い生命力を得て、暑さはもちろんのこと、寒さにも負けず、元気に丈夫に育って欲しいと祈り上げました。

hatumiya

初宮参りの時期については、男子が誕生後31日目、女子が32日目に参る風習がありますが、必ずしも一様(いちよう)ではありません。母子の産屋(うぶや)明けの期日ともいわれていますが、期日後の良き日を選んでお参りするのが宜しいと思います。

今日は少し涼しくなった夕方を選んでのお宮参りもありました。

どのご家族も神さまに無事成長を願うためのお参りですが、公の初めての神事により、家族の絆も更に深まるものです。

二十三夜塔

2017年8月2日 水曜日

昨晩は比々多観光振興会の正副会長会が神社で開かれました。

秋に行われる正祭(しょうさい)、慰霊祭・鎮魂奉納太鼓に合わせ、境内において「骨董蚤の市」(こっとうのみのいち)が開催される予定で、諸団体との話し合いのもと準備が進められています。

IMG_8767

さて、昨日は敷地の片隅にお祀(まつ)りされるお稲荷さんの奉還祭(ほうかんさい)をお仕(つか)えしました。

諸事情により継続することが叶わなくなったわけですが、長年の恩恵に感謝するとともに、今後の無事を祈り上げました。

お供えした米・酒・塩などで式後にお清めをした折、お稲荷さんのすぐ横の茂みに、「二十三夜塔」(にじゅうさんやとう)の石塔があるのに気がつきました。

IMG_8768

旧暦23日の夜、「月待ち」をすれば願いが叶うという民間信仰で、十三夜・十五夜・十七夜などの特定の月齢に行われた月を祭るしきたりの内、全国的にも最も多く行われていたもので、町人文化が発展した文化・文政期(1804-1830)の化政文化の頃流行したようです。

また、月待ちは毎月ではなく、正月・五月・九月が重要視されていたようです。

二十三夜が最も盛んだったこともあり、二十三夜講の人たちが造塔したものが多く見られます。

この石塔には嘉永2年(西暦1849年)と刻まれていました。

土用の丑

2017年7月25日 火曜日

今日は土用(どよう)の丑(うし)の日でしたが、夏負けを防ぎ、食欲減退防止に鰻(うなぎ)を食した方も多かったのではないでしょうか。

今年は二の丑(にのうし)もあり、次の土用の丑の日は8月6日(日)となります。

痩せたる人を咲(わら)へる歌

石麻呂(いはまろ)に吾物申す夏痩せに良しといふものぞ鰻(むなぎ)取り食(め)

『万葉集』大伴家持

気温は鰻登りというよりは、最低気温が摂氏25度以上の熱帯夜(ねったいや)のまま、気温変化があまりない最低気温の高い一日となり、湿気の多い蒸し暑さが不快感を増したようです。

あさがお

さて、土用は「土旺用事」「土王用事」といって、土の気が旺(さかん)になる意で、土は物を変化させる作用があることから、「土を犯し殺生(せっしょう)を忌(い)む」として、葬儀や土を動かす造作が凶とされてきました。

「土用波」(どようなみ:南方に台風が生じて寄せる波)「土用干し」(どようぼし:かびや虫害を防ぐために、衣服や書物などを干すこと)「土用休み」(夏休み・芝居興行の休業)「土用芽」(どようめ:植物の芽)といった言葉がありますが、この時期を表したものです。

また、鰻の他に精のつくものとして、「土用蜆」(どようしじみ)「土用餅」(どようもち)「土用卵」(どようたまご)などがあるようです。