先月到来した鈴虫が脱皮を繰り返し、2・3日前から鳴きはじめました。今晩は数匹で多重奏を奏でています。
今日は、兼務社のすぐそばの保育園で地鎮祭がありました。仮設の狭い園でも子どもは元気です。
「教育は国家百年の計」といいますが、しくみや制度はともかく、その根本は家庭教育にあります。そして第一歩が保育園や幼稚園での教育であり、「知育・徳育・体育」を育むことこそ大事であります。
昨日の「とこわかの森」ではありませんが、子どもたちの伸び伸びと明るい様子は、私たち大人にも元気を与えてくれます。
先月到来した鈴虫が脱皮を繰り返し、2・3日前から鳴きはじめました。今晩は数匹で多重奏を奏でています。
今日は、兼務社のすぐそばの保育園で地鎮祭がありました。仮設の狭い園でも子どもは元気です。
「教育は国家百年の計」といいますが、しくみや制度はともかく、その根本は家庭教育にあります。そして第一歩が保育園や幼稚園での教育であり、「知育・徳育・体育」を育むことこそ大事であります。
昨日の「とこわかの森」ではありませんが、子どもたちの伸び伸びと明るい様子は、私たち大人にも元気を与えてくれます。
神道少年団~とこわかの森~2日目の様子です。
5時半に起床し、 宿泊先(ねざめホテル)からほど近い、天下の奇勝・木曽八景の寝覚の床を見学し、広場でラジオ体操をしました。
午前8時半には、赤沢自然休養林(木曽郡上松町:国有林)に到着しました。ここは、日本森林浴発祥の地で、樹齢300年を超える木曽檜(きそひのき)の美しい森が広がっています。伊勢の神宮で20年ごとに行われる式年遷宮の御用材として、江戸時代から守られてきた大切な森です。
森林鉄道(木曽林業の主力として大正5年から活躍したトロッコ列車)で園内深く入り、インストラクターの説明を聞きながら植物観察をしました。また、ストレス解消に効果絶大な森林浴をしながらトレッキングを楽しみました。
第61回神宮式年遷宮の折、昭和61年に「御樋代木」(みひしろぎ)を伐採した御杣始祭(みそまはじめさい)の斎場を見学しました。御樋代とは御神体(ごしんたい)をお納めする神座(しんざ)に置く器で、神聖極まりないものです。
その御神木は、真っ直ぐで太く欠点の無いもので、その昔は木を選ぶのに3年掛かりだったそうです。
清流で山女魚(やまめ)のつかみ取り、バーベキューの昼食、長野県・青年神職の皆さんからの西瓜(すいか)の差し入れで楽しい時間を過ごしました。その後、森の木々の根を踏んで傷めないように、皆でチップを背負って山に入り敷き詰めました。
インストラクターに間伐のやり方を教わり、山に入って間伐体験をしました。小学校低学年には、のこぎりの扱いは一苦労だった様子ですが、時間を掛けて粘り強く挑戦し、倒す瞬間は喜びの歓声が響き亘りました。
お土産の切り株コースターを手にした子どもの笑顔は、表現できないほどの宝ものでした。
残念ながら、間伐の途中で雨が降り出し、一番楽しみにしていた川での水遊びは出来ませんでしたが、様々な素晴らしい体験を終えて、子どもからの不満の声はありませんでした。
そして何より、同じ体験を共有した友達との時間は、将来忘れることの出来ない思い出です。
森が教えてくれた命の大切さ、絶えることのない生命のつながり、家族や友達との絆が一番のお土産となったことでしょう。
今回は、全国都道府県から44名の子どもたちを含む100名余りの参加者が集いました。団員章は刺繍製のワッペンで、通し番号が縫い付けられています。モチーフの榊の枝には47枚の葉があり、都道府県の数を表しています。
早速、事業の様子をご紹介いたします。
御嶽神社(おんたけじんじゃ)の里宮(木曽郡木曽町三岳)に、全国から参加者が集合いたしました。
各自、長い階段を上がり里宮に参拝した後、結団式や植樹を行う御嶽神社・若宮に移動しました。
先ず、御神前で正式参拝を執り行い、本事業の安全を祈りました。その後、長野県神社庁長さんや支部長さんを来賓に迎え、神道少年団の結団式、オリエンテーションを行いました。
神道少年団の誓い
私たちは、神道少年団として次の三つの誓いを実践します。
一、神さまを尊(たっと)び祖先を敬い、感謝の心を大切にします
一、勉学に励み心身を鍛え、明るく元気に生活します
一、歴史を学び伝統を守り、志の高い日本人になります
木曽五木とは、江戸時代に尾張藩により伐採が禁止された木曽谷(きそだに)の常緑針葉樹林(じょうりょくしんようじゅりん)の木々のことです。
今日は棚橋静雄さんと小倉惠子さんの新曲「東京ベサメ・ムーチョ」の発表会がホテルニュー天野屋(伊勢原市西富岡)で行われ、成功(ヒット)祈願祭のご奉仕をいたしました。
ご存知の通り、棚橋静雄さんは、ロスインディオスのリードボーカルとして、♪コモエスタ赤坂やシルヴィアとのデュエットで、♪別れても好きな人などの名曲を歌っています。
また、小倉惠子さんは比々多・善波生まれの作詞家で、NHKのど自慢で優勝経験もある地元の歌手です。
新曲発表に先立ち、成功(ヒット)祈願祭を斎行いたしました。
同CDには、比々多を歌った「浪漫の杜」(ろまんのもり)も収録されています。
春 春 春の杜 悠久語る 木立ち 葉がくれ 翔びたつ鳥よ なんで そんなに
きれいに 唄う 浪漫さがしの また旅なのか 桜花舞う 桜花舞う 爛々と
夢 夢 夢を追う 頼朝公を 愛でささえた 北条政子 比々多の杜は
やすらぎの杜 月の灯りで 手杓の水を あびた恋路に あびた恋路に 悲観花
時 時 時移り 季節を飾る 笛の音冴えて 琴おごそかに 浪漫の杜は
今悠々と 歴史を繋ぐ 歴史を繋ぐ 凜として
昨晩は、比々多神社駐車場で納涼祭(三ノ宮自治会主催)が催されました。伊勢原市内では15ヶ所、比々多地区でも6ヶ所で盆踊りが行われた様子です。
とても賑やかで、用意した食材が殆ど売り切れるほど大盛況だったようです。
地域の絆を深めるとても良い機会でした。
立秋とは名ばかりといいますが、今日も暑い一日となりました。手紙の挨拶も今日から残暑見舞いになりますが、境内では赤とんぼが目立ち始めました。
来週はお盆さんを迎えますが、当地では13日に迎え火、16日が送り火です。苧殻(おがら)を焚いてご先祖さんを迎えます。
今日は、霊園の施設内で、一年祭・五年祭の祖霊祭が行われました。
時期的に霊園も忙しいようで、前後にお坊さんが控えており、慌ただしい準備と片付けでしたが、家族皆さんの気持ちをしっかりと受け止めてご奉仕いたしました。御霊前には生前好まれた品々もお供えされ、心のこもったみたままつりでした。
境内では、彼岸花(ひがんばな)科の夏水仙(なつずいせん)が、すーっと伸びてピンクの綺麗な花を咲かせています。
さて、今日の読売新聞の夕刊に記されていましたが、「あかん」の語源について。決して予算委員会を終えた某首相のことではありません。
この言葉は、京都・上賀茂(かみがも)神社で生まれたそうです。毎年5月5日に行われる賀茂競馬(かもくらべうま)という、その年の吉凶を占う伝統神事において、皆がその行事に集中し、これが終わらないと何事も手につかず、埒(らち)が明かないそうです。無事終わると、馬場の柵である「埒」が片付けられ、埒が明くというわけです。
漢字で記すと、「明かん」。「埒が明く」の否定形、「埒が明かぬ」の「明かぬ」が「明かん」になったということです。
実は、比々多神社の北側に、「埒面」(らちめん)という字名があります。昔は、ここに馬場があり、神事として競馬が行われていました。語源はやはり上記と同じです。
らちめん古墳は、比々多神社の北側、元の恵泉女子学園短大の構内に位置(この周辺は、元比々多神社境内地)します。この古墳は、昭和43年(1968)に工事中に発見され、横穴式石室をもち現在は露出した石室(せきしつ)や玄室(げんしつ)、玄門(げんもん)、羨道(せんどう=えんどう)も見ることができます。
神奈川県内では最大級の円墳(えんぷん)ですが、古墳時代にかなりの権力を保持していた相模国の国造(こくぞう・くにのみやつこ)の墳墓ではないかと考えられています。
この埒面古墳の少し上からは、相模国を一望できる素晴らしい眺望です。
葡萄(ぶどう)の種類は世界に2,000種以上あるそうですが、早熟で巨大粒品種の「紫玉」(しぎょく)が御奉納で上がりました。
境内では、シロスジカミキリに次いで大きい、ミヤマカミキリの大物を発見しました。カブト虫同様、夜行性で樹液に集まります。
カミキリムシの仲間は、腸の中に植物せんいの消化を助ける微生物が共生し、お互いに助け合って生きています。
ここ数日、高齢者所在不明が全国で相次いでいますが、長寿大国のひずみか、行政の堕落か、無縁社会のつけか、、、。農耕社会の相互扶助(そうごふじょ)の精神や長屋住まいなどの共生の生き方はどこへやら。とにもかくにも、家族や地域で薄れる絆をとりもどす努力が必要です。
このところ出張づくめです。一昨日は、日本会議神奈川西湘北支部役員会・議員懇談会、昨日は神奈川県神社庁本宗奉賛特別委員会、第2回いせはら文化・芸術めぐり全体説明会、伊勢原青年会議所OB会でした。
いせはら文化・芸術めぐりは今年で2回目です。スタンプラリーで景品がもらえるチャンスもあります。チラシや要項が出来次第ご案内いたします。
吹く風に僅かながら秋の気配を感じ始めました。しかしながら、まだまだ厳しい暑さが続きます。工期中の安全をお祈り申し上げます。
暑い中、ようこそお参りくださいました。元気に成長しますように。