2011年5月6日 のアーカイブ

国府祭 其の三

2011年5月6日 金曜日

5社同時にお立ちの式(発輿祭)を行い、一之宮から順に逢親場(おおやば=大矢場)祭場(馬場公園)に向かいます。

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下の祭場は、沢山の露店と人出で賑わっていました。昔は「農具の市」が所狭しと出ていたそうです。五穀豊穣を願う国府祭の市で買った農具を用い、田畑を耕すのが良い風習だったようです。

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三之宮の「なでしこ囃子会」の子どもたちも元気いっぱいで、他の太鼓に負けないくらい大きな音を打ち鳴らしていました。

神納対面の儀

神納対面の儀

総社・六所神社が各社を迎え入れ、「五社献饌」(ごしゃけんせん)、「神納対面の儀」(しんのうたいめんのぎ)、「国司代奉幣」(こくしだいほうべい)、「神裁許の儀」(しんさいきょのぎ)などの神事が粛々と行われました。

ここで、各社の守公神(しゅこうしん)は総社に納められ、一年間預けられます。そして、来年も各社の御神霊のこもった守公神が納められます。神さまの命も更新です。

一方、私たちも一時の逢瀬(おうせ)を懐かしみ、名残をもちながら、それぞれの社へと帰って行きます。

鎮座祭

鎮座祭

道中、伊勢原の行在所で式典を行い、午後7時お宮へと無事戻りました。12時間の長い旅の終わりです。

直会(なおらい)の様子

直会(なおらい)の様子

夕刻から肌寒くなりましたが、雨に降られることなく長い歴史の1頁を綴ることができました。ご協力ご奉仕いただいた皆さまに感謝申し上げます。

 

*尚、国府祭の様子をテレビ神奈川の3台のカメラが収録していました。「日本の祭り」(ダイドードリンコ提供)として、5月29日(日)20:55から55分間の特集番組としてTVKテレビで放映されます。

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国府祭 其の二

2011年5月6日 金曜日

金目からバスに乗車して大磯まで移動。昔は八十八ヶ村の村渡しで国府・大磯へ行っていました。「天下祭り」の異名もうなづけます。途中には、血見せ坂という名残の場所もあります。

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神揃山(かみそろいやま=神集山)の入口で、在庁(大磯)の奉仕者が待ち受けています。ここで、神さまの依り代である「守公神」(しゅこうしん)と桙(ほこ・三枝)を在庁の方に捧持していただき、ともに山の祭場に向かいます。

各社とも参道が異なりますが、当社がもっとも険しい山道を進みます。

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 当社の神輿は暴れ神輿といわれますが、神さまの神威(しんい)を人々に分け与えるためのものです。そのお蔭で、人々は合一することができるのです。

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 裏方では神饌(しんせん:お供え物)の準備。以前は「熟饌」(じゅくせん)といって、煮炊きしたものを神さまに供えていました。

力石と三之宮の粽俵

力石と三之宮の粽俵

一之宮・寒川神社から順に神揃山祭場に入り、お着きの式を執り行います。一国一社八幡宮の着御祭が済んだのを見計らい、粽行事が始まります。

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三和会の威勢のよい掛け声で俵が数度宙に舞った後、“ 散り撒く ” ように中に詰められた餅を四方八方に撒きます。この動態から「ちまき」と名付いたと言い伝えられています。

無病息災・家内安全を願う三之宮の伝統行事です。ご家族で召し上がってください。

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各社の神職が5つの神社(寒川神社・川勾神社・比々多神社・前鳥神社・平塚八幡宮)をお参りする五社列拝(ごしゃれっぱい)。どこの神さまも同様に尊いものです。

座問答

座問答

神揃山の神事として名高いのが古式・座問答(ざもんどう)。

相武国(さがむのくに)と磯長国(しながのくに)が合わさって、相模国となった折、一之宮争いが生じました。それを神事化したものが座問答です。

一之宮・寒川神社と二之宮・川勾神社が神さまの座位(ざい)である虎の皮をお互いに上位に進めること三度、お互い譲らぬ中で、三之宮・比々多神社宮司が仲裁に入り、「いづれ明年まで」の掛け声で神事は閉じます。神さま同士の円満解決が表れ、拍手の渦となります。

 

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国府祭 其の一

2011年5月6日 金曜日

昨日は相模国府祭(さがみこうのまち)。県無形民俗文化財に指定される伝統の神事が執り行われました。

3回に分けてご紹介いたします。

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早朝7時の境内には、順に奉仕者や見送りの人たちが集まりました。

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比々多神社では氏子が輪番で国府祭のご奉仕をいたします。これも伝統の知恵かもしれません。本年は三ノ宮の字番。

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午前7時40分、発輿(はつよ)に先立ち神事を行いました。そして、立ち御神酒(おみき)で乾杯。外清浄(げしょうじょう)と内清浄(ないしょうじょう)です。

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供奉行列(ぐぶぎょうれつ)に先立って、参加奉仕者の名前を召し立てました。

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殿内に据えた神輿に一礼の後、三和会(青年会)の人たちが一気に駆け上がり、御神霊(みたま)の発揚(はつよう)を願って拝殿の床を踏みならし、肩に台棒を押し当てました。いざ出立。

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神社境内を出た少し先、権現堂といわれるところに「化粧塚」(けしょうづか)があります。本来、化粧塚は旅の衣裳にあらためるところですが、四方を竹で囲んだこの化粧塚を神さまも奉仕者も通り、装いを整えます。あらためる、あらたまるところに気の再生があります。

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青年の鉄棒(かなぼう)は、先導役で露払い、また神輿の警護役も務める大切な役割です。花笠には国土安泰・五穀豊穣と墨書されています。大きな大義を背負うおまつりです。

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金目の行在所(あんざいしょ)に到着。例年通り光明寺ご住職にも参列していただき、着御祭(ちゃくぎょさい)を執り行いました。古くから、「金目敬神講」としてご配慮をいただき、休み処として安堵の一時を過ごしています。

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これも恒例行事。金目川に入り、禊(みそぎ)をして大磯の祭場へ向かいます。

 

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