相模国三ノ宮・比々多神社

結ぶ

2019年1月5日

三箇日(さんがにち)の初詣は家族連れが多かったものの、昨日からは企業や団体の参拝が少しずつ見られるようになりました。

夫婦円満・良縁成就の「相生の欅」より日の出を拝む

夫婦円満・良縁成就の「相生の欅」より日の出を拝む

お蔭様で、神職は各種祈願の御奉仕に精励して、殿内に籠(こ)もりっきりの日々です。

ゆっくりと境内の様子を眺めるのは、早朝もしくは日没後となりますが、おみくじ結所の様子に多くの参拝者の祈りや思いを感じ取っています。

おみくじ結所

おみくじ結所

「おみくじ」は、大吉・吉・中吉・小吉・末吉・凶など、吉凶(きっきょう)を判断したり、金運・恋愛・健康・旅行・生活全般を占うものです。

神慮(しんりょ)を仰いで、慎んでその指針を受け止めるとともに、感謝の真心を忘れずに〝結ぶ〟(むすび=産霊)ことも大切です。


年頭の御祝詞を申し上げます

2019年1月4日

紀元2679年、西暦2019年、平成31年、己亥(つちのとい)歳を迎え、新春を寿ぎ謹んで年頭の御祝詞を申し上げます。

01216348

既に官公庁御用始めとなる4日となりましたが、当社でも所管神社を含めて様々な祭事を例年通りにお仕えしました。

また、天候にも恵まれて、本日まで非常に多くの参拝者をお迎えすることが出来ました。

01216183

この穏やかなお正月のように、氏子・崇敬者の皆さまの平穏無事をお祈り申し上げ、甚だ遅ればせながら年頭最初の御挨拶とさせて頂きます。


良き年でありますように

2018年12月31日

いよいよ平成30年も大晦日を迎えました。

お蔭様で、全ての祭事を恙無く御奉仕することが出来ました。

また、多くの皆さまの御参拝を賜るとともに、様々な形で御支援・御協力を頂き感謝申し上げます。

IMG_6767

さて、本日も正月準備に明け暮れ、万端整えて元日を待つことになりました。

午後10時半には臨時奉仕者の正式参拝を執り行い、続いて各所を祓い清めました。

IMG_6784

氏子・崇敬者の皆さまには、新しき年が良き年でありますように、衷心(ちゅうしん)よりお祈り申し上げます。


年内最後の御奉仕

2018年12月30日

正月休みで交通量の少ない道路を走り、兼務社各社へ祈祷神札をお届けに参りました。

多くの神社では元日に歳旦祭(さいたんさい)を執り行います。

IMG_1279

今日は境内の内外の注連縄(しめなわ)張り、正月用賽銭箱(さいせんばこ)の設置、干支(えと)の置物の入れ替え等、氏子総代さんによる年内最後の御奉仕が行われました。

また、臨時奉仕者の力を借りながら、授与所(じゅよしょ)や神酒所(みきしょ)、焚上所(たきあげしょ)等の支度を整えていきました。

IMG_3886

正月期間の参拝者には、御神酒(特別限定酒)の振る舞いと開運守の授与がございます。


鈴緒

2018年12月28日

目まぐるしい新年の支度が続いていますが、今朝は御神前と鐘楼(しょうろう)の鈴緒(すずのお)があらたまりました。

鈴の音も清らかにお参りして頂きたいと思います。

IMG_6762

当社では職員の手製ですが、紅白の晒(さらし)を用いて撚(よ)り、国産の麻苧(あさお)をふんだんに使っています。

IMG_6760

この時期ならではですが、「神棚用の大鈴が欲しいので取っておいて下さい」といったのお問い合わせの電話が入りました。

毎年若干ですが、授与所にて頒布(はんぷ)しています。


新車のお祓い

2018年12月26日

年の瀬が押し迫り、今日は会社の新年祈祷の申込みが相次ぎました。

明年は企業の仕事始めの日が異なるせいか、比較的分散していますが、7日(月)の午前中は集中して混み合う予想です。

IMG_6749

さて、昨日は大安吉日とあって新車の納車が多かったようで、交通安全祈願が重なりました。

また、当社への進入が困難ということで、運輸業を営む会社へ大型トラックのお祓いに出向きました。

車両の清祓

車両の清祓

明日は仕事納めを迎える工場へ、一年の感謝と厄災消除の祈願に参ります。


臨時奉仕者の面談説明会

2018年12月25日

一昨日は正月臨時奉仕者の面談説明会を開催しました。

今年も女子学生に加え、男子学生の希望者が多く、巫女(みこ)用の緋袴(ひばかま)、男子用の白袴を支度して着装(ちゃくそう)の仕方から学んでもらいました。

miko臨時奉仕ではありますが、心構えや礼作法、言葉遣いを重視しつつ、授与品の授受等を繰り返し指導しました。

非常に寒い中でのお勤めですが、明るく元気に、そして何より丁寧に、職員一同参拝者をお迎えしたいと思っております。


初詣は氏神さまから

2018年12月24日

昨日は日向神社(伊勢原市日向)において「大祓」(おおはらえ)を斎行(さいこう)し、平成30年の兼務社祭事も全て修めました。

家庭や職場で奉斎(ほうさい)する神棚(かみだな)には、神宮大麻(じんぐうたいま)、氏神さま、崇敬する神社の御神札(おふだ)、また歳神(としがみ)さまをお祀(まつ)りしますが、住む地域により氏神さまは異なります。

神奈川県神社庁(045-761-6387)へ尋ねれば、地域に鎮座する氏神さまを教えてもらえます。

当社では25社の神社を兼務していますが、それぞれの氏神さまの御神札を取り揃えています。

20181224213323164_0001

新年の参拝「初詣」は、氏神さまからお参り下さい。


85回目の御誕辰の日

2018年12月23日
天皇陛下には85回目の御誕辰(ごたんしん)の日をお迎えになり、国民斉(ひと)しくお祝い申し上げる次第です。

全国の神社では、中祭(ちゅうさい)として「天長祭」(てんちょうさい)執り行い、大御代(おおみよ)の長久(ちょうきゅう)と皇室の弥栄(いやさか)を祈念します。

koukyo
以下に宮内記者会の全文(宮内庁ホームページより)を掲載します。

この1年を振り返るとき,例年にも増して多かった災害のことは忘れられません。集中豪雨,地震,そして台風などによって多くの人の命が落とされ,また,それまでの生活の基盤を失いました。新聞やテレビを通して災害の様子を知り,また,後日幾つかの被災地を訪れて災害の状況を実際に見ましたが,自然の力は想像を絶するものでした。命を失った人々に追悼の意を表するとともに,被害を受けた人々が1日も早く元の生活を取り戻せるよう願っています。
ちなみに私が初めて被災地を訪問したのは,昭和34年,昭和天皇の名代として,伊勢湾台風の被害を受けた地域を訪れた時のことでした。
今年も暮れようとしており,来年春の私の譲位の日も近づいてきています。
私は即位以来,日本国憲法の下で象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い,今日までを過ごしてきました。譲位の日を迎えるまで,引き続きその在り方を求めながら,日々の務めを行っていきたいと思います。
第二次世界大戦後の国際社会は,東西の冷戦構造の下にありましたが,平成元年の秋にベルリンの壁が崩れ,冷戦は終焉えんを迎え,これからの国際社会は平和な時を迎えるのではないかと希望を持ちました。しかしその後の世界の動きは,必ずしも望んだ方向には進みませんでした。世界各地で民族紛争や宗教による対立が発生し,また,テロにより多くの犠牲者が生まれ,さらには,多数の難民が苦難の日々を送っていることに,心が痛みます。
以上のような世界情勢の中で日本は戦後の道のりを歩んできました。終戦を11歳で迎え,昭和27年,18歳の時に成年式,次いで立太子礼を挙げました。その年にサンフランシスコ平和条約が発効し,日本は国際社会への復帰を遂げ,次々と我が国に着任する各国大公使を迎えたことを覚えています。そしてその翌年,英国のエリザベス二世女王陛下の戴冠式に参列し,その前後,半年余りにわたり諸外国を訪問しました。それから65年の歳月が流れ,国民皆の努力によって,我が国は国際社会の中で一歩一歩と歩みを進め,平和と繁栄を築いてきました。昭和28年に奄美群島の復帰が,昭和43年に小笠原諸島の復帰が,そして昭和47年に沖縄の復帰が成し遂げられました。沖縄は,先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました。皇太子時代を含め,私は皇后と共に11回訪問を重ね,その歴史や文化を理解するよう努めてきました。沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは,これからも変わることはありません。
そうした中で平成の時代に入り,戦後50年,60年,70年の節目の年を迎えました。先の大戦で多くの人命が失われ,また,我が国の戦後の平和と繁栄が,このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず,戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに,心から安堵どしています。
そして,戦後60年にサイパン島を,戦後70年にパラオのペリリュー島を,更にその翌年フィリピンのカリラヤを慰霊のため訪問したことは忘れられません。皇后と私の訪問を温かく受け入れてくれた各国に感謝します。
次に心に残るのは災害のことです。平成3年の雲仙・普賢岳の噴火,平成5年の北海道南西沖地震と奥尻島の津波被害に始まり,平成7年の阪神・淡路大震災,平成23年の東日本大震災など数多くの災害が起こり,多くの人命が失われ,数知れぬ人々が被害を受けたことに言葉に尽くせぬ悲しみを覚えます。ただ,その中で,人々の間にボランティア活動を始め様々な助け合いの気持ちが育まれ,防災に対する意識と対応が高まってきたことには勇気付けられます。また,災害が発生した時に規律正しく対応する人々の姿には,いつも心を打たれています。
障害者を始め困難を抱えている人に心を寄せていくことも,私どもの大切な務めと思い,過ごしてきました。障害者のスポーツは,ヨーロッパでリハビリテーションのために始まったものでしたが,それを越えて,障害者自身がスポーツを楽しみ,さらに,それを見る人も楽しむスポーツとなることを私どもは願ってきました。パラリンピックを始め,国内で毎年行われる全国障害者スポーツ大会を,皆が楽しんでいることを感慨深く思います。
今年,我が国から海外への移住が始まって150年を迎えました。この間,多くの日本人は,赴いた地の人々の助けを受けながら努力を重ね,その社会の一員として活躍するようになりました。こうした日系の人たちの努力を思いながら,各国を訪れた際には,できる限り会う機会を持ってきました。そして近年,多くの外国人が我が国で働くようになりました。私どもがフィリピンやベトナムを訪問した際も,将来日本で職業に就くことを目指してその準備に励んでいる人たちと会いました。日系の人たちが各国で助けを受けながら,それぞれの社会の一員として活躍していることに思いを致しつつ,各国から我が国に来て仕事をする人々を,社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています。また,外国からの訪問者も年々増えています。この訪問者が我が国を自らの目で見て理解を深め,各国との親善友好関係が進むことを願っています。
明年4月に結婚60年を迎えます。結婚以来皇后は,常に私と歩みを共にし,私の考えを理解し,私の立場と務めを支えてきてくれました。また,昭和天皇を始め私とつながる人々を大切にし,愛情深く3人の子供を育てました。振り返れば,私は成年皇族として人生の旅を歩み始めて程なく,現在の皇后と出会い,深い信頼の下,同伴を求め,爾来じらいこの伴侶と共に,これまでの旅を続けてきました。天皇としての旅を終えようとしている今,私はこれまで,象徴としての私の立場を受け入れ,私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝するとともに,自らも国民の一人であった皇后が,私の人生の旅に加わり,60年という長い年月,皇室と国民の双方への献身を,真心を持って果たしてきたことを,心から労ねぎらいたく思います。
そして,来年春に私は譲位し,新しい時代が始まります。多くの関係者がこのための準備に当たってくれていることに感謝しています。新しい時代において,天皇となる皇太子とそれを支える秋篠宮は共に多くの経験を積み重ねてきており,皇室の伝統を引き継ぎながら,日々変わりゆく社会に応じつつ道を歩んでいくことと思います。
今年もあと僅かとなりました。国民の皆が良い年となるよう願っています。


神奈川の神社

2018年12月21日

年内最後の恒例祭事を終えて、社務所では新年に頒布(はんぷ)する授与品準備を始めました。

20181221161007624_0001

初詣を控え、この度『御朱印でめぐる神奈川の神社』(ダイヤモンド社)が発行となりました。

20181221160645106_0002本の帯には、当社の御朱印が掲載されています。

20181221160816579_0001

県内100余社の御朱印はもとより、様々な情報が寄せられていますので、本を片手に巡拝するのも楽しそうです。