相模国三ノ宮・比々多神社

被災地視察

神道青年全国協議会OB有志による「東日本大震災被災地視察並びに復興支援」(21・22日)が開催され、禰宜が参加いたしましたのでご報告いたします。

榴岡天満宮

榴岡天満宮

仙台駅東口から徒歩約15分、榴岡(つつじがおか)天満宮(仙台市宮城野区)に、全国から15名の神職が集合しました。

被災地の復興支援は、日毎に進んでいますが、神社の復興はまだ程遠いのが現状です。また、マスコミでは報道されませんが、地震発生直後、神社が避難所となったり、支援物資供給の拠点となりました。

そこで、神職の目で被災状況を見るとともに、支援をする目的で開催されました。

倒壊したままの燈籠

倒壊したままの燈籠

この神社では、本殿の扉がずれて開かず、全ての見積もりで2億円ほど経費が掛かるとのことでした。

国宝・大崎八幡宮の大前で

大崎八幡宮の大前で

次に、国宝である大崎八幡宮(仙台市青葉区)にお参りいたしました。

ここは、地震発生間もない頃に、被災地への物資供給の拠点となったところです。境内には大きなテントが設営され、現在も全国から様々な物資が届いているとのことです。

支援物資について説明を伺う

支援物資について説明を伺う

小野目宮司さんからは、支援物資受け入れや配給、炭水化物ばかりの食生活が続いたことなどの苦労話を伺うことができました。

続いて、被災の大きい石巻へ入りました。

日和山・鹿島御児神社から石巻湾を望む

日和山・鹿島御児神社から石巻湾を望む

古くから、神社は比較的高台に鎮座していますが、石巻の港を見渡す日和山(ひよりやま:標高60.4メートル)には、旧県社・鹿島御児(かしまみこ)神社(石巻市日和が丘)が鎮座しています。

政府や行政、報道関係者も、一度この丘の上から石巻の状況を一望してから被災地へ入るようです。

大きな被害を受けた入江の様子

大きな被害を受けた旧北上川河口の様子

江戸時代には、奥羽米の積出し湊として栄えた石巻ですが、水産業の大きなダメージも一目してわかります。

手向けられた沢山の花束

手向けられた沢山の花束

この日和山は、松尾芭蕉、石川啄木、宮澤賢治、志賀直哉、斎藤茂吉、折口信夫などの文人が、風光明媚な様子を歌や句に詠んだところです。民の竈(かまど)から煙の上がる日が一日も早く訪れることを願いました。

続いて、零羊崎(ひつじさき)神社(石巻市湊)にお参りしました。

延喜式内名神大社・零羊崎神社

延喜式内名神大社・零羊崎神社

ここは、地震直後には約150人もの避難者を受け入れ、現在でも多くの方々が避難所生活を余儀なくされていました。

昇殿参拝をして、櫻谷宮司さんから避難所内でのトラブルを含め、貴重なお話を伺うことができました。

この後、避難所として受け入れ先となったところや、被災地で陣頭指揮を取られた神職の方々をお招きして、一関の温泉旅館で体験談をお聞きすることができました。

 

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