相模国三ノ宮・比々多神社

教育勅語渙発120年

今年は、明治23年(1890)10月30日に「教育ニ関スル勅語」(いわゆる教育勅語)が発せられてから120年の節目を迎えました。

教育は「国家百年の計」といわれますが、学級崩壊、校内暴力、いじめ、不登校、引きこもり、学力低下といった子どもたちの異変やモンスターペアレント、児童虐待などの親の異常行動などには目を覆いたくなる有様です。また、教員の精神疾患による休職者の増大化や指導力不足教員の増加などを含め、社会問題として連日テレビを賑わせています。私たちの社会は何を拠り所にすれば良いのでしょうか。

実は100年前にも同様の教育の混乱がありました。江戸幕府が終焉を告げ、文明開化となった明治初年から20年前後、日本は過去を切り捨て極端な西洋化に走りました。地に足のつかない知識教育に偏った結果、徳育が見放され父兄を軽蔑する風潮が生じたといいます。これは、先の敗戦で誇りを失い、占領政策により日本人としての背骨を失った戦後60年の状況と似ていると思います。

教育勅語はそのような社会状況の中、明治天皇より渙発(かんぱつ)されました。その内容は、儒教の人として守るべき道「五倫」(ごりん)と比較されますが、日本の伝統的な精神を活かし、人として践み行うべき徳目が示されています。そして、その意義は道徳心の低下が顕著な今の時代にこそ必要とされている内容だと思われます。

教育勅語(原本) 東京大学蔵

教育勅語(原本) 東京大学蔵

朕(ちん)惟(おも)フニ我ガ皇祖皇宗(こうそこうそう)國ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(こうえん)ニ徳ヲ樹(た)ツルコト深厚(しんこう)ナリ我ガ臣民(しんみん)克(よ)ク忠ニ克(よ)ク孝ニ億兆(おくちょう)心ヲ一(いつ)ニシテ世々(よよ)厥(そ)ノ美ヲ済(な)セルハ此(こ)レ我ガ國体ノ精華(せいか)ニシテ教育ノ淵源(えんげん)亦(また)実ニ此(ここ)ニ存ス爾(なんじ)臣民父母ニ孝(こう)ニ兄弟(けいてい)ニ友ニ夫婦相和(あいわ)シ朋友(ほうゆう)相信ジ恭倹(きょうけん)己(おの)レヲ持(じ)シ博愛衆(しゅう)ニ及ボシ学ヲ修メ業(ぎょう)ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓発シ、徳器(とっき)ヲ成就(じょうじゅ)シ進ンデ公益(こうえき)ヲ広メ世務(せいむ)ヲ開キ常ニ國憲ヲ重(おもん)ジ、國法ニ遵(したが)ヒ、一旦緩急(かんきゅう)アレバ義勇公(こう)ニ奉(ほう)ジ以テ天壌(てんじょう)無窮(むきゅう)ノ皇運ヲ扶翼(ふよく)スベシ是(かく)ノ如(ごと)キハ独(ひと)リ朕ガ忠良(ちゅうりょう)ノ臣民タルノミナラズ又以テ爾(なんじ)祖先ノ遺風(いふう)ヲ顕彰(けんしょう)スルニ足ラン斯(こ)ノ道ハ実ニ我ガ皇祖皇宗ノ遺訓(いくん)ニシテ子孫臣民ノ倶(とも)ニ遵守(じゅんしゅ)スベキ所之(これ)ヲ古今ニ通ジテ謬(あやま)ラズ之(これ)ヲ中外(ちゅうがい)ニ施(ほどこ)シテ悖(もと)ラズ朕爾臣民ト倶ニ拳々(けんけん)服膺(ふくよう)シテ咸(みな)其(その)徳(とく)ヲ一(いつ)ニセンコトヲ庶幾(こいねが)フ

口語訳 国民道徳協会訳文

口語訳 国民道徳協会訳文

ここには、①孝行②友愛③夫婦の和④朋友の信⑤謙遜⑥博愛⑦修業習学⑧知能啓発⑨徳器成就⑩公益世務⑪遵法⑫義勇という大切なこと、12の徳目が示されています。

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