相模国三ノ宮・比々多神社

雷さま

靖國神社では戦歿者の御霊(みたま)を慰める第70回みたままつり(13-16日)が行われ、盆行事として境内には多くの献灯(みあかし)が掲げられています。

また、来宮神社(静岡県熱海市)の例祭(14-16日)にあたり、禰宜が宵宮祭(よいみやさい)に参列しました。

来宮神社(静岡県熱海市)

来宮神社

このところ大気が不安定な状態となり、短時間の大雨や落雷などが一部地域で起こっています。

爽やかな夏空の広がる梅雨明けを期待するところですが、予報ではまだ先になるようで、梅雨明け頃に見られる〝送り梅雨〟や〝梅雨雷〟ではなさそうです。

北野天満宮

北野天満宮

さて、今日は雷神の話です。

陰暦六月を雅名(がめい)で「鳴神月」(なるかみづき)といいますが、鳴神(なるかみ)や鳴雷(なるいかずち)は雷(かみなり・いかづち)の意で、「厳つ霊」(いかつち)のこと。また、急激な雷鳴(らいめい)を「霹靂」(へきれき・かむとけ・かみとき)といい、雷を俗称で雷公(らいこう:雷神の異称)ともいいます。

『古事記』では、火の神を生んだことにより去ってしまった伊邪那美命(いざなみのみこと)を慕い、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は黄泉(よみ)の国へ追いかけます。道半ばの国づくりのため、戻ることを願う伊邪那岐命が目にした姿は、頭に大雷(おおいかづち)、胸に火雷(ほのいかづち)、腹に黒雷(くろいかづち)、陰(ほと)に拆雷(さくいかづち)、左手に若雷(わきいかづち)、右手に土雷(つちいかづち)、左足に鳴雷(なるいかづち)、右足に伏雷(ふしいかづち)と八雷神(やくさのいかづちのかみ)が生じ、恐れ逃げ帰る伊邪那岐命に対して、八雷神を追わせたとあります。

天満宮・天神社は菅原道真(すがわらのみちざね)を御祭神とする神社で全国に約12000社鎮座しています。命日である7月25日を中心に天神祭(てんじんまつり・てんじんさい)が行われます。天満大自在天神(てんまんだいじざいてんじん)は道真公を神格化した名称(神号)ですが、学問に対する偉大な事績やその人柄から、天神信仰は全国に広まりました。道真公の没後、京都御所に落雷があり、多くの人が亡くなったのは怨霊(おんりょう)によるものと恐れられ、京都の北野に天満宮を建てたのが始まりですが、雷神信仰とも結びつきました。

兼務社の雷電神社(伊勢原市串橋)もそうですが、賀茂別雷神社鹿島神宮春日大社なども雷神をおまつりする神社です。

俵屋宗達(たわらやそうたつ)の「風神雷神図屏風」(ふうじんらいじんずびょうぶ)では、鬼の姿として描かれている恐ろしい雷神、一方で稲妻(いなづま)の語に表れるように、稲や水の恵みをもたらす「厳霊」(いかつち)の力を発揮する神さまです。

子供たちに〝雷さま〟という親しみをもって話をしたいものです。

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