‘なぜ?なに?’ カテゴリーのアーカイブ

棟梁は家長の御心の林なり

2012年5月23日 水曜日

本日は汗ばむほどの夏日となりました。

2月に地鎮祭に伺ったビル新築工事で、主要構造が出来上がり、上棟祭(むねあげのまつり・じょうとうさい)のご奉仕をいたしました。

上棟祭では、土地の産土神(うぶすなのかみ)及び建物の神さまである屋船久久遅命(やふねくくのちのみこと)・屋船豊宇気姫命(やふねとようけひめのみこと)、匠(たくみ)の神さまである手置帆負命(たおきほおいのみこと)・彦狭知命(ひこさしりのみこと)を併せてまつります。

本来は屋上と屋下に祭場を設け、幣串(へいぐし)・弓矢などを飾り、棟木(むなぎ)を棟に曳き上げる「曳綱(ひきつな)の儀」、棟木を棟に打ち固める「槌打(つちうち)の儀」、餅や銭を撒(ま)いて災禍(さいか)を除く「散餅銭(さんぺいせん)の儀」という三儀を以てその眼目(がんもく)とします。

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本日は建物の構造や工事の都合もあり、仮に見たてた棟木に晒(さらし)を巻いた綱を垂らし、匠長(工事部長)、設計士、建主の三者に「エイ・エイ・エーイ」と三度綱を曳いていただきました。

『日本書紀』の顕宗(けんそう)天皇紀には、棟上げの初見(しょけん)とされる室寿(むろほぎ)の歌が記されています。

「・・・築(つき)立つる柱は、此(こ)の家長(いえぎみ)の御心(みこころ)の鎭(しずまり)なり。取挙ぐる棟(むね)梁(うつばり)は、此の家長の御心の林なり。・・・」

今と昔では用材・道具・構造・工法・工期など様々な違いがありますが、建主さんの思いや願いは何の変わりもないと思います。

「永遠に、永久に」との思いのこもった言霊(ことだま)(「エイ・エイ・エーイ」)を聞きながら、曳綱の儀を見つめました。

管絃と舞楽の夕べ

2012年5月7日 月曜日

来る5月19日(土)・20日(日)に「第25回まが玉祭」を開催いたしますが、19日(土)まが玉祭奉告祭(16:35~17:00)の後に、管絃と舞楽の夕べ(17:10~18:30)を行います。

毎年、比々多神社雅楽会と横浜雅楽会に、順番に出演していただいていますが、今年は前者です。

一昨年の演奏の様子(比々多神社雅楽会)

一昨年の演奏の様子(比々多神社雅楽会)

雅楽(ががく)には管絃(器楽)と歌物(声楽)があり、舞がある場合には舞楽(ぶがく)といいます。

右から 篳篥・龍笛・笙

右から 篳篥・龍笛・笙

雅楽には我国固有の楽、中国から伝来した唐楽(とうがく)、朝鮮から伝来した高麗楽(こまがく)があります。

箏と琵琶

箏と琵琶

演奏に用いられる楽器は、吹物(ふきもの)と呼ばれる笙(しょう)・篳篥(ひちりき)・笛(ふえ)の三管(さんかん)、弾物(ひきもの)という箏(そう)・琵琶(びわ)の二絃(にげん)、打物(うちもの)という鞨鼓(かっこ)・太鼓・鉦鼓(しょうこ)の三鼓(さんこ)で編成されています。

鉦鼓は雅楽器に残された唯一の金属楽器です。

上:太鼓  右:鉦鼓  左:鞨鼓

上:太鼓  右:鉦鼓  左:鞨鼓

舞楽には左舞(さまい)と右舞(うまい)があります。

左舞には唐楽を用い、楽器は龍笛(りゅうてき)・篳篥・笙と太鼓・鞨鼓・鉦鼓を用います。装束は赤色系で、陵王(りょうおう)・胡飲酒(こんじゅ)・萬歳楽(ばんざいらく)などがあります。

舞楽 胡飲酒(こんじゅ)

舞楽 胡飲酒

右舞には高麗楽を用い、楽器に笙を用いません。装束は緑色系で、納曽利(なそり)・還城楽(げんじょうらく)・抜頭(ばとう)などがあります。

舞楽 納曽利

舞楽 納曽利

今回の演目は、管絃が「黄鐘調調子」(おうしきちょうちょうし)、「越天楽」(えてんらく)、「拾翠楽」(じっすいらく)、「西王楽破」(さいおうらくのは)です。

また、現代曲として、「線香花火」(笙独奏:宮田まゆみ氏)、「法火守千年抄よりEpilogue」(菅野由弘作曲 笙と龍笛の二重奏)をお楽しみいただきます。宮田まゆみさんは、冬季長野オリンピックで君が代を独奏した有名な笙奏者です。

そして、舞楽は「抜頭」(ばとう)です。長髪の大仮面をつけ、桴(ばち)を持って舞う舞人一人の走舞(はしりまい)です。猛獣に父をかみ殺された胡人(こじん)の子が山野を探し求めて遂に父の仇を打ち、歓喜する姿を舞にしたといわれています。

抜頭

抜頭

抜頭は髪振りあげたる。まみなどはうとましけれど、楽もなほいとおもしろし(『枕草子』)

清浄と真信

2012年5月3日 木曜日

神道の聖典は・・・?

神道には教義・教典はありませんが、神話や伝承として信仰上の拠り所となった古典があります。

「神典」(しんてん)といわれるもので、古事記、日本書紀、万葉集、古語拾遺(こごしゅうい)、風土記・・・などがそれにあたります。

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私たち神職は、座右の書として『神典』(大蔵精神文化研究所)を机の片隅に置いて、知識や教養を補完しています。

神道は日本固有の民俗信仰で、天地自然のあらゆるものに神が宿ると信じ、「産霊(むすび)の道」といわれます。つまり、全てのものを生み、育て、伸ばす、「生成発展」の道です。

雨に煙る境内

今日の境内

伊勢の神宮の外宮(げくう)神官であった度会(わたらい)氏が選述した神道五部書(しんとうごぶしょ)の一つ、『造伊勢二所太神宮宝基本紀』(ぞういせにしょだいじんぐうほうきほんぎ)に、次のように記されています。

神を祭る礼は清浄を以て先となし真信(まこと)を以て宗(むね)なす

明日は國府祭における動座祭ですが、清浄とまこと(真信・真事・真言)の境地でおまつりに臨みたいと思います。

儀式の参列

2012年4月20日 金曜日

例年は大祭には牡丹桜(八重桜)が満開となりますが、まだ5分咲き程度です。

木々の若葉もまだ生えそろっていません。

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さて、本日は日柄も良く、朝から多くの出張祭典がありました。

店舗の地鎮祭

店舗の地鎮祭

地鎮祭には、建主と施工者はもちろんのこと、地主や監理者、仲介者、融資先金融機関、自治会長や議員などの来賓が参列することもあります。

儀式への参列にあたり、服装や身だしなみはもちろんのこと、立場によっては作法などについても事前に確認しておくことが大切です。

共同住宅地鎮祭  おめでとうございます

共同住宅の地鎮祭  おめでとうございます

ご神前にお酒などをお供えする場合には、「奉献」「奉納」「御供」「御神前」などと記します。

お稲荷さんの狐

2012年4月11日 水曜日

本日は大安とあって、地鎮祭や井戸埋のお祓いなどがありましたが、お稲荷さんの神事も複数あり、狐像(きつねぞう)の新造にあたり清祓を執り行いました。

邸内のお稲荷さん 狐像の清祓

邸内のお稲荷さん 狐像の清祓

稲荷神社では狐が神使(かみのつかい)とされています。

会社のお稲荷さんの狐像

会社(伊勢原市内)のお稲荷さん

因みに、伊勢の神宮では鶏(とり)、春日神社では鹿、日吉神社では猿、熊野神社では烏(からす)、北野神社(天神さん)の牛、八幡神社の鳩、松尾神社の亀などが神使とされています。

金山稲荷神社(池端)の狐像

金山稲荷神社(伊勢原)

稲荷神社は、食物の神さま、御饌津神(みけつかみ)をおまつりしていますが、「みけつ」が「御狐(おけつね)」、「三狐(みけつね)」などに転じたものとされ、狐が稲荷神社の神さまと誤解されています。

伏見稲荷大社(京都)の狐像

伏見稲荷大社(京都)

狛犬と同様に、「阿(あ)」(上座:向かって右)「吽(うん)」(下座:向かって左)の一対で、向かって右側は口を開き、向かって左側が口を閉じ、口に何かくわえているものが多いです。

豊川稲荷(愛知県)

豊川稲荷(愛知)

口にくわえているものは、農耕神・穀霊神の象徴として、玉や稲束を刈る鎌、穀物蔵の鍵などが特徴的です。

竹駒稲荷神社(宮城)

竹駒稲荷神社(宮城)

また、仏教の荼吉尼天(だきにてん)と結びついた信仰から、お経の巻物、火焔(かえん)の燃え上がる如意宝珠(にょいほうじゅ)などの仏法の具などがあります。

桜の蕾

2012年4月2日 月曜日

高知県では21日に桜(ソメイヨシノ)の開花が始まり、東京でも31日に昨年より3日、平年より5日遅い開花宣言が出されました。

しかしながら、当社の境内ではまだ蕾(つぼみ)が堅く、もう2日ぐらいかかりそうです。

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花王といわれ、国花とされる桜花の時期が待ち遠しい限りです。

さて、境内では奉納提灯の枠づくりで、朝から業者さんが入りました。

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駐車場で見事な花を咲かせる枝垂れ桜も蕾が徐々に膨らみ始めています。

桜(さくら)の「さ」は早苗(さなえ)、早乙女(さおとめ)、皐月(さつき)などと同様、稲田の穀霊を表し、「くら」は神さまの鎮座する神座を表すといわれます。つまり、田の神が山から里に降りてくる折に、依代(よりしろ)となる木といえます。

昔の人は桜を稲の花に見立てたり、稲の花の稔る前兆ととらえ、散る時期によって秋の収穫の吉凶を占いました。

桜に降りてきた神さまを料理とお酒でもてなすのが、花見の本来の意であり、神人和楽の姿といえます。

相模国式内社の会研修参拝

2012年3月29日 木曜日

本日は「相模国式内社の会」恒例の研修参拝です。

式内社(しきないしゃ)とは、平安初期・醍醐(だいご)天皇の延喜(えんぎ)年間に撰進(せんしん)された法制書「延喜式」の巻9・巻10の「神名帳」に記載された由緒正しき神社です。

「延喜式内社」「式社」などといわれ、その数は、3132座(2861社)で、相模国は13座、伊勢原市では3社が登載されています。

すなわち、寒田神社、川勾神社、前鳥神社、高部屋神社、比々多神社、大山阿夫利神社、小野神社、大庭神社、深見神社、宇都母知神社、寒川神社、有鹿神社、石楯尾神社です。

延喜式内 焼津神社

延喜式内 焼津神社

早朝、寒川神社を出発し、当社を経由して一路静岡県へ向かいました。ここ数年は県外研修で、静岡県焼津市に鎮座する焼津神社(旧社格:県社、現神社本庁別表神社)を正式参拝いたしました。

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暖かな日差しで、桜(ソメイヨシノ)も開花が進んでいました。

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地鎮祭について

2012年3月27日 火曜日

本日は地鎮祭(じちんさい)についてご説明いたします。

地鎮祭は、各種建物の新築や土木工事に先立って、その土地の神さまをおまつりして、工事の安全無事、建物が堅固であるよう祈願するおまつりです。一般に地祭(じまつり)といいます。

地鎮祭(24日) おめでとうございます

個人住宅の地鎮祭(24日) おめでとうございます

設営は地方や規模によって異なることもありますが、基本的には四方に斎竹(いみだけ)を立て、注連縄(しめなわ)を張り廻らし、紙垂(しで)を垂らします。

そして、神さまの依代(よりしろ)となる神籬(*ひもろぎ)を立てて、海幸山幸(うみさちやまさち)といわれる神饌(しんせん:米・酒・魚・野菜・果物・塩・水など)をお供えします。

*常緑樹である榊(さかき)に御幣(ごへい)といわれる紙垂をつけたもの

式前の設営状況

式前の設営状況(25日)

地鎮祭の次第は、他のおまつりと一緒ですが、特徴的なのは土地の神々にお供えものをする「散供」(さんく)、草を刈るしぐさの「刈初め」(かりぞめ)、忌鍬・忌鋤(いみくわ・いみすき)で掘り穿(うが)つ「穿初め」(うがちぞめ)、土地の神々に捧げるものとして、鉄製の鏡・玉・人形などを埋める「鎮物埋納」(しずめものまいのう)などがあります。

地鎮祭(27日)

施設の地鎮祭(27日)

個人住宅では、建主と工事関係者程度の参列ですが、公共施設や会社関係の建物では、招待者なども含め大勢の方が参列しますので、略礼服やダークスーツが好ましいです。

また、「奉献」と記したお酒をお供えするのが一般的です。

伝統を後世に

2012年3月24日 土曜日

昨日は、私たち神職が身に付ける装束の調製などでお世話になっている大槻装束店の社長さんが、文化庁長官表彰の栄に浴され、そのお祝い会に出席(浅草ビューホテル)いたしました。

宮内庁御用達の装束店(しょうぞくてん)として、長年に亘る功績が評価されたものです。

宮内庁式部職楽部東京楽所による雅楽演奏

宮内庁式部職楽部東京楽所による雅楽演奏

式部職(しきぶしょく)という儀式を統括する組織の中に、古典音楽である雅楽(ががく)を演奏する楽部(がくぶ)という職掌(しょくしょう)があります。

「有職故実」(ゆうそくこじつ)という、古来の先例に基づいた制度や儀式、装束などを研究する学問がありますが、その伝統を守りながら装束を調製したり、「衣紋」(えもん)といって、着くずれないように手順通りに綺麗に着付ける方法を守るのも装束店の役目となっています。

舞楽(ぶがく) 蘭陵王(らんりょうおう)

舞楽(ぶがく) 蘭陵王(らんりょうおう)

因みに、宮内庁式部職楽部の楽師(がくし)が演奏する雅楽は国の重要無形文化財に指定され、楽師は重要無形文化財保持者に認定されています。

宮中行事はもとより、春秋の園遊会や晩餐会、地方公演や海外公演などが行われ、千数百年の伝統音楽を守り伝えています。

昨晩は、宮内庁楽部による優雅な演奏や日本藝術院会員の方のお話を拝聴する機会を得て、あらためて伝統文化を後世につなぐ大切さを感じました。

日本人の生死観

2012年3月22日 木曜日

お彼岸の最中、一年祭と三年祭、そして神葬祭(しんそうさい)と、「祖先のまつり」のご奉仕がありました。

自宅での一年祭

自宅での一年祭

お彼岸には、お墓参りをいたしますが、そもそも日本人の生死観には、「人は亡くなると、霊魂は山に行く」という霊魂と肉体の二元論、そして仏教でいう心身は一体である「心身一如」という2つの矛盾した考えが共存しているのがとても興味深いところです。

神道では古来、死を穢(けがれ)の最たるものとして忌(い)み嫌いました。神さまは死を忌み、神職もその死穢に近づくべきでないとの考えから、戦前までは官社の神職は葬儀奉仕に関われず、その研究もあまりなされませんでした。

しかしながら、死に向き合うことは、命を授かったご先祖や、未来に続いていくであろう子孫への使命であり、現今の悩みや苦しみに応えるための神職の責務ともいえます。

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神道の葬儀には、日本民族が古来大切にしてきた「命は一つでも代々のご先祖さまから子々孫々へ脈々とつながっている」という中今(なかいま)の精神がしっかりといきづいています。