今日も強い日差しが照りつけて猛烈な暑さとなり、光化学スモッグ注意報が発令されました。
昨日に続き、神奈川県神社庁において神道政治連盟神奈川県本部の役員会、代議員会が開催されました。
上程された議案について全て審議されました。
特に今年度は、憲法改正(自主憲法制定)について県内各種団体と連携し、県民の会を発足して事を進めることなど、神奈川県神社総代会連合会長からも言葉が発せられました。
昨晩は「第27回まが玉祭」(17日・18日)の告知でラジオ(FM湘南ナパサ・78.3MHZ)番組「おしゃべりマンデー」の収録がありました。
さて、本日は国民の祝日「憲法記念日」で、昭和22年5月3日に憲法が施行されたことを記念して定められたものです。
テレビや新聞報道でも改憲と護憲の議論が盛んにされていますので、日本の憲法について少しだけ触れてみたいと思います。
今年は現行法が制定されてから67年になりますが、成文憲法を持つ世界188ヵ国の中では14番目に古く、無改正の憲法としては世界最古です。
アメリカは18回、ノルウェーは200回以上、ベルギーは24回、イタリアは16回、ドイツは57回、インドは96回、フランスは24回、、、と世界の国々は時代や情勢の変化に応じてより相応しいものに改めて来ました。
近年制定された100ヶ国の新憲法では、緊急事態・平和・環境・政党・家族などの項目が規定されているにもかかわらず、日本には平和条項以外は規定されていません。
会社が会社や社員を守るように、憲法は国民や国を守るために存在するもので、〝 神聖にして侵すべからざるもの 〟 というよりはむしろ、時代や世界情勢、社会の変化に応じて対応すべき身近なものである必要があります。
また、現行法は戦後のどさくさの中、ごく短い期間で占領軍により作られた押しつけの憲法です。同じく占領軍が作ったドイツでさえ、自国の国民生活のために57回も改正を繰り返しています。
現行法は明治憲法の改定憲法としての手続きを取っていますが、22年もの期間を経て制定された明治憲法のように、今後十分な議論を重ね、民族の価値観、伝統、文化を踏まえた上で、日本人による日本のための自主憲法をつくりあげて欲しいものです。
今日は昭和27年(1952)にサンフランシスコ講和条約が発効され、連合国軍による7年の長きにわたる占領政策から、我が国が晴れて独立を果たした「主権回復記念日」です。
この日にあたり、神道政治連盟神奈川県本部では東京都本部と共催にて、靖國神社参拝研修会を開催しました。
先ず、遊就館を拝観し、国の為に尊い命を捧げられた英霊のご遺徳に触れるとともに、近現代史について学ぶ機会となりました。
待合所に掲げられた「萬世欽仰」(末代に至るまで英霊の遺徳を尊び仰ぐの意)の額に思いを深めながら、ご本殿で感謝の祈りを捧げ、世界の平和を願いました。
昇殿参拝後、靖國会館において研修会が始まり、開会儀礼の後、徳川宮司さまを始め、来賓の方々からお話をうかがいました。
そして、参議院憲法調査会幹事・参議院議員・中川雅治先生に、「憲法改正の諸問題」についてのご講演をいただきました。
連合国軍により押しつけられ、68年も経過して現状にそぐわない部分の多い現行憲法について、様々に思いをめぐらす機会となりました。
ゆったりと過ごされる人々、静かに拝礼をする若い人たち、また外国人が多いことがとても印象的で、マスコミ報道の実態と異なる、安らかな慰霊の雰囲気に包まれた境内でした
本年度は一都七県神社庁の当番が神奈川県神社庁のお役で、2月20日に連合会総会を終え、先週(3日~7日)は中堅神職研修会を終えたばかりです。
さて、一都七県神道政治連盟では、昨年当番を終え、引き継いだ群馬県(伊香保温泉・ホテル木暮)で本日会議が催されました。
中央本部から、皇室の尊厳護持、自主憲法制定運動、教育の正常化、靖國神社公式参拝・国家護持運動、政教関係訴訟対策、時局問題、国旗掲揚・国歌斉唱推進運動などについて報告がなされました。
その後、各都県から活発な活動報告がなされました。
神奈川県本部では、日本が主権を回復(昭和27年:サンフランシスコ講和条約発効)した4月28日に靖國神社を参拝し、靖國神社会館において研修会を開催する予定です。
昨日は神奈川県神社庁の当番にて、一都七県神社庁連合会総会が横浜の地で開催され、当支部(相模中連合)から11名、当社から宮司と禰宜が参加しました。
ご来賓に神社本庁統理(代理総長)、神宮大宮司(代理少宮司)、神道政治連盟会長、國學院大學学長、皇學館大学学長、神社新報社社長、神奈川県知事、衆議院議員、参議院議員をお迎えして、開会式では代表者からご挨拶をいただきました。
総会では、今次の神宮式年遷宮を奉祝して、国民総参宮運動の推進、各社における記念事業や青少年教化育成事業の展開、そして家庭における神宮大麻の奉斎(ほうさい)運動の積極的な展開、皇室の伝統の重みを改めて認識し、皇室尊厳護持運動を推進することを確認し、約250名の参加者が宣言を採択しました。
また、各都県代表者による活動の意見発表が行われ、熱心に聞き入って多くの質問が寄せられました。
宣 言
第62回神宮式年遷宮「遷御の儀」が、昨年10月、両御正宮において斎行されたことは、我々神社関係者一同、慶賀に堪へない。今後は神宮大麻の増頒布はもとより、広く国民に参宮を促進し、神宮崇敬の心が次世代に継承されるやうに更なる啓発活動に努め、次期式年遷宮に向けて、奉賛の赤誠を捧げて参りたい。
皇室については、昨年11月、宮内庁より「今後の御陵及び御喪儀のあり方について」といふ文書が発表された。その内容は御陵の縮小と御喪儀を御火葬に改めるといふことで、皇室のしきたりは守りながらも、国民に負担が掛からないやうにといふ天皇皇后両陛下のお気持ちを表したものである。誠に畏れ多いことであり恐懼に堪へぬが、御事に対しては御遠慮遊ばされないやうにお願ひ申し上げたい。我々は大御心を体して、皇室の伝統の重みに改めて思ひを致すと共に、皇室の尊厳護持の為に一意専心して、広く国民に皇室敬慕の念が喚起されるやうに努力して参りたい。
旧臘26日、安倍内閣総理大臣が靖國神社を参拝された。国の指導者として英霊に対して尊崇の念を表されたことは誠に意義深いことであり、今後の参拝の恒例化を支援したい。
我々は一都七県神社庁団結の下に、斯界興隆と御神徳の発揚に努め、美しき御国造りの為、様々な難局に対して鋭意取り組むことを誓ひ、茲に宣言する。
平成26年2月20日
一都七県神社庁連合会総会
今日は国民の祝日で「建国記念の日」、明治6年から戦前までは「紀元節」(きげんせつ)といわれていました。
祝日法には「建国をしのび、国を愛する心を養う」と記されています。
全国の主なる神社では「紀元祭」(きげんさい)を斎行(さいこう)し、各県でも奉祝行事が賑やかに催されました。
以下の<参考>にも記されていますが、初代・神武天皇が畝傍(うねび)山・橿原(かしはら)の地で御即位遊ばされてから2674年、世界に誇る悠久の歴史を誇る日本の誕生日を迎えました。
当社では兼務の石座神社(秦野市鶴巻)、落幡神社(秦野市鶴巻)で祈年祭を執り行いましたが、その折りにも紀元節について触れ、まさに冬季オリンピックの秋(とき)にあたり、グローバル化の時代だからこそ、日本の歴史や文化を正しく理解し、その伝統を後世に伝えることが大切であることを確認しました。
<参考>
『神社新報』(2月10日発行)
論説「心の継承の一灯として 紀元節」
節分とともに神社本庁設立記念日である2月3日が過ぎた。全国の神社では初詣以降の賑やかさも落ち着きを見せ、日常の神明奉仕が戻ってきつつあることだらう。暦の上では立春を過ぎ、梅の便りも聞かれる季節ともなった。
「北方領土の日」の2月7日には例年、政府主催の返還要求行事が開催されてゐるが、竹島や尖閣諸島をめぐる問題も含め、領土はわが国体を護る上でも軽視できない。一時の国益を超えた大局的な視点を持ちつつも、歴史や法的な観点に基づくわが国の主張を安易に変へてはなるまい。
さらに国政の行く先を占ふともいはれる東京都知事選の結果も、本号が読者の手元に届く頃には明らかとなってをり、今年の国の姿をさまざまな形で分析する流れも出てこよう。昨年来のアベノミクス効果によって景気恢復の兆しを見せる国内経済だが、4月からの消費増税による景気変動への影響も懸念されるところだ。
そんな状況のなか、今年も2月11日が間近となった。
祝日法において「建国記念の日」と定められてゐるこの日は、「紀元節」として、宮中においては新年の四方拝、明治天皇誕生日の明治節、今上天皇誕生日の天長節とともに「四大節」の一つに数へられた。今日でも建国の地・奈良県の橿原神宮をはじめとして、全国の神社でも「紀元祭」が斎行され、わが国の歴史において重要な日をお祝ひする。
神社本庁も参画してゐる「日本の建国を祝う会」では毎年、都内で盛大に中央式典を挙行。また、式典に先立つ奉祝パレードには、幼稚園児や小・中学生の鼓笛隊、國學院大學・駒澤大学など首都圏の大学吹奏楽部などが参加してゐる。それは取りも直さず、建国理念の継承といふ大義を、次世代を担ふ若者たちに橋渡ししたいといふ主催者側の熱意の所作にほかならない。
全国で開催されるお祭りやさまざまな奉祝行事が、多数の老若男女の参加を得て、活況を呈することを祈りたい。
2月11日を「紀元節」と定めたのは明治6年のことだ。「辛酉年の春正月の庚辰の朔に、天皇、橿原宮に即帝位す。是歳を天皇の元年とす」との、『日本書紀』巻第3「神武天皇」の一節に基づき、初代・神武天皇の御即位をわが国の紀元と定めたのである。
この、わが民族にとってかけがへのない日が、大東亜戦争終結後の占領期、占領軍当局の指示に基づいて祝日から除外されたことは、本欄でも繰り返し論じてきた。GHQによる神道指令の圧迫は、神社制度の変革を強ひるだけでなく、日本人の精神生活そのものを徹底的に変質させることを目的としてゐた。無制限に行使された権力は、多数の世論を無視し、「神武創業」の精神を記念する「2月11日」にも矛先を向けたのだ。
一方で占領中から展開された紀元節復活の国民運動は、神社界を中心に形を整へていったものの、運動の盛り上がりとは裏腹に、紀元節を祝日とする法律の成立には時間がかかった。
改正案は折に触れて国会に提出されるものの可決には至らず、七度に亙り廃案となった。昭和41年の第51回通常国会でも廃案濃厚とされるなか、自民党が強行採決に踏み切り、最終的に建国記念の日の日付を棚上げすることで祝日法改正案は可決され、同法の附則に基づき設置された建国記念日審議会において、改めて日付を2月11日と決し首相に答申。翌42年から2月11日が建国記念の日として復活したのだった。
改めていふまでもないが、この日の意義が、心ある国民の意識の中に存在してゐるのは、全国の神社でこの日に斎行される「紀元祭」の祭祀・奉祝行事等の賜であらう。
我々は、神武建国の偉業を次世代に継承させていく使命を持ってゐる。建国の意義を継承することは、民族の根源を喚起させ、本来のあるべき姿を考へることに繋がってゐる。それは今日に生きる私たちにも、天皇と国民とが常に強く結ばれてゐることを改めて啓発するきっかけにもならう。
国の形を現すのは伝統の力であり、そこに疑ひを抱く余地はない。紀元節を、明日の日本の姿を映し出す道標と捉へ、未来を照らす心の継承の一灯とするためにも、我々は言葉を、そして行動を尽くさねばならない。
*日本の伝統を守り、美風を伝へ、正しい日本語を使用することで日本文化を護持するため、本文は「歴史的仮名遣ひ」で記されてゐます。
政権発足からちょうど1年となった本日の午前、安倍晋三首相が靖國神社に参拝され、「日本のために尊い命を犠牲にされたご英霊に対して、尊崇の念を表し、不戦の誓いを新たにした」と述べられるとともに、「恒久平和への誓い」という首相談話を発表されました。
一部マスコミや近隣諸国から喧(かまびす)しい声が聞こえてきますが、平和と安全を祈る気持ちは世界共通のことだと思います。
官庁御用納めは明日(27日)となりますが、当社でも今日は公職の方が次々にお参りになりました。
大なり小なり、公人としてあらゆる安全を祈る思いは同等であることを感じます。
今日も終日掛けて境内神域の清掃をしました。
寒さの中にあって、静謐(せいひつ)な気持ちでお参りいただけるよう、正月準備に職員一同精勤してまいります。
『広報いせはら』(平成26年1月1日発行)の「謹賀新年~地元の初詣スポット~」に、当社が掲載されましたので、一足先に皆さまにお知らせいたします。
8月15日を迎えました。
ご神前では「月次祭」(つきなみさい)を執り行い、皇室の御安泰と国の安寧、氏子崇敬者の安全と発展を祈り申し上げました。
近隣諸国はこの日が近づくと騒ぎ立てますが、私たち日本人は、心静かに、穏やかに、先人に感謝の念を抱きつつ、鎮魂の時を過ごすことを忘れてはなりません。
神々ここに 敗れたまひぬ すさのをも おほくにぬしも 青垣の 内つ御庭の 宮出でて さすらひたまふ
折口信夫(おりぐちしのぶ : 明治20-昭和28/民俗学者・国文学者・詩人・歌人)は、戦後の悲憤(ひふん)を「神 やぶれたまふ」という詩に表現し、日本の敗戦は日本の神々の敗北でもあるとうたいました。
この度出版された 『 神やぶれたまはず-昭和二十年八月十五日正午 』 (長谷川三千子著) には、上述の詩が引用され、「われわれは本当の意味で、われわれの神を得たのである」 として、われわれの祖先が遺してくれた〝 精神の遺産 〟 について示唆を与えてくれます。
戦後、経済合理主義を追求して経済大国になった日本において、歴史の彼方に忘れ去られた精神の遺産を取り戻すのは、この日に思いを巡らすことから始まるのかもしれません。
もちろん、大震災の復興の原点もここにあるのです。