‘なぜ?なに?’ カテゴリーのアーカイブ

身内の不幸に際して

2014年12月18日 木曜日

真冬の寒さが続いていますが、伊勢原市内ではインフルエンザの注意報が発令され、例年より早い流行となっています。

今後忘年会に参加する人も多いと思いますが、なるべく人混みを避け、うがいや手洗いの励行、マスクの着用や咳エチケットを心掛けたいところです。

社頭では、元旦祈祷の申し込みや年神様を受けに来られる方が相次ぎ、今週はその対応と御神札準備に明け暮れる毎日です。

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さて、身内の不幸に際して、初詣や神棚まつりの是非、御神札の申し込みなどついて、この時期は多くの問い合わせがあります。

親族が亡くなったとき、一定期間喪(も)に服(ふく)することを「服忌」(ぶっき)、「忌服」(きぶく)、「服喪」(ふくも)、「喪がかかる」、「日がかり」などといいます。

遺族にとっては悲しみや心の悼み乗り越えるとともに、故人の恩に感謝し、礼を尽くす、そして清浄を尊ぶ日本人ならではの倫理観がここに見られます。

明治7年に出された太政官布告では、近親の度合いによって、喪(謹慎期間)と服(喪服を着る期間)の日数が示されましたが、1等親では13ヶ月も喪服の生活をするなど、現代社会ではこれにそぐわず、現在では一般的に四十九日、神道では五十日を喪明けととらえています。

これを過ぎれば、神社参拝や結婚式、その他人生儀礼への出席、神棚まつりを再開する目安といえます。

また、服忌中に新年の御神札の頒布があった場合でも、これを過ぎれば受けることが可能です。

服忌のこころえ神奈川県神社庁

詳しくは上記「服忌のこころえ」をご覧ください。


産霊

2014年12月15日 月曜日

昨日は冷え込みが一段と厳しくなりましたが、日差しが降り注ぐ中、神前結婚式を執り行いました。

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縁結び、おむすび、結び目など、色々なところで使われる〝 結び 〟ですが、天地万物を産み成す「産霊」の意です。

奈良時代には清音の「ムスヒ」と発音していたようです。

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昨日は、鳥居と御神木に真新しい注連縄(しめなわ)が張られたばかりですが、綯(な)われた藁(わら)が寄り添う夫婦の絆のように、優しく強く撚(よ)ってあります。

ご結婚おめでとうございます

ご結婚おめでとうございます

新郎新婦お二人の「むすひ」により、多くの人たちに幸せがもたらされました。

神さまのご神縁をいただいて、末長くお幸せに。

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坪井正五郎の人柄

2014年11月26日 水曜日

昨日に続き、冷たい雨と風の強い一日です。

この雨の中、『坪井正五郎-日本で最初の人類学者』の著者・川村伸秀氏を始め、茅ヶ崎市内に住む方々7名が訪ねて来られました。

坪井正五郎企画展(平成27年5月予定・茅ヶ崎市立図書館)開催にあたり、当社に残る書簡の調査とのことでした。

左:明治34年正月 右:明治40年正月

左:明治34年正月 右:明治40年正月

坪井正五郎は、文久3年(1863)江戸生まれの人類学者で、モースの大森貝塚発見に影響を受けて考古学に興味を持ったとされ、考古学の草分け、日本の人類学の始祖といわれる人物です。

東京大学教授として、現在の自然人類学、文化人類学、民俗学、考古学と幅広い研究を重ね、石器時代住民=コロボックル説を唱えたことで知られます。

当社周辺は古代文化発祥の地であり、考古学研究のため何度も足を運んだものと考えられます。

三之宮郷土博物館には、先々代宮司との親しい縁を感じる書簡が残されています。

その内容は真面目な研究者とは異なるユニークな一面を知ることができます。

新嘗祭

2014年11月23日 日曜日

今日は勤労感謝の日です。

祝日法に「勤労をたっとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」と記される国民の祝日ですが、戦前は「新嘗祭」(にいなめさい)という祭日でした。

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〝 豊葦原瑞穂国 〟(とよあしはらのみずほのくに)という異称をもつ我が国では、五穀の豊穣を祈る「祈年祭」(きねんさい:2月17日)と対置して、収穫に感謝する儀礼として「新嘗祭」を行ってきました。

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「天照大神(あまてらすおおかみ)の新嘗(にひなへきこ)しめす時」(日本書紀) とあるように、神代(かみよ)の昔に遡(さかのぼ)る稲米儀礼であることがわかります。

明治4年(1872)までは、11月の下卯(しもう)を祭日としていましたが、明治6年の新暦採用から23日と定められました。

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宮中では恒例祭典で最も重要なものとして、神嘉殿(しんかでん)において「夕の儀」(よいのぎ:23日午後6時)・「暁の儀」(あかつきのぎ:23日午後11時)として執り行われます。

天皇陛下には自ら皇祖(こうそ)天照大神をはじめ天神地祇(てんじんちぎ:天地の神々の総称=天つ神・国つ神)に、「夕御食」(ゆうみけ)「朝御食」(あさみけ)をお供えになり、神恩に感謝されます。そして、自らもお召し上がりになられます。

年ごとの新嘗祭に対して、天皇即位後一世一度のそれを「大嘗祭」(だいじょうさい)といいます。

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全国津々浦々の神社でもこれにならって、神社祭祀規定の〝 大祭 〟として斎行しています。

この日までは新米は食さないというのが納得いただけると思います。

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当社でも定刻午前10時、粛々と伝統の神事を執り行いました。

収穫感謝の思いとして、ご神前には新米や野菜、果物など〝実り〟が横山の如く並べられました。

更なる神威(しんい)が氏子・崇敬者にもたらされることと思います。

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言挙げ

2014年11月9日 日曜日

朝の内は一時雨が強く降ったものの、予想より早く上がり、七五三参りの家族連れには良き日曜日でした

第二駐車場(神社向かって左側)では、四季桜がとても見頃になりました。

四季桜

四季桜

さて、今日は朝8時半から真田神社(平塚市真田)の月次祭(つきなみさい)奉仕がありました。

毎月第二日曜日に執り行う月次祭ですが、この機にあたり、季節や時宜(じぎ)の話題などを盛り込みながら、神社に関する身近な話を平易(へいい)にするよう心掛けています。

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神道は日本の国土に生まれた自然発生的な民族宗教であり、四季折々、豊かな自然風土に恵まれた生活の中で、私たちの身にしみ込んでいるものです。

悠久の長い歴史と文化、伝統に培われたもので、「惟神の道」(かんながらのみち:古くは「かむながら」)といわれます。

創始者や経典をもたないことが仏教やキリスト教、イスラム教などの宗教と異なるところです。

先人は人々の生活に欠くことの出来ない水や土、火など、あらゆる自然や万物、人の力の及ばない、すぐれたる徳のある、そして恐れ慎むべきものを〝 神 〟といいました。

『古事記』、『日本書紀』、『古語拾遺』(こごしゅうい)、『万葉集』などの「神典」(しんてん)と呼ばれる古典を規範とし、「祭り」という行為を通して発展してきたのです。

葦原(あしはら)の瑞穂(みずほ)の国は神ながら言挙(ことあ)げせぬ国 『万葉集』

真田神社

真田神社

「言挙げ」とは言葉により明確にすることですが、「神ながらの道」ですから、神代(かみよ)のままに言葉にする必要がなかったのです。

しかしながら、戦後の社会構造の変化、家族構成や地域のつながりの希薄化、またグローバル社会にあって、言語表現をすることが大切とされる世の中です。

微力ながら、こうして拙ブログを続けることも言挙げであり、祭りの場における表現も神職としての今日的課題といえます。

荒ぶる神

2014年11月4日 火曜日

この数日は欅(けやき)を中心に落ち葉が舞い、境内は掃いても掃いても葉っぱとの追いかけっこです。

こちらの心境を余所(よそ)に、七五三参りの子供たちは風に舞う落ち葉で遊び、いとも可笑(おか)しなものです。

当社では落ち葉は樹木の根元などに寝かせ、長い時間をかけて自然が作り出す天然の肥料、腐葉土(ふようど)にしています。

昔は見られた焚き火や焼き芋は季節の風情であり、「落葉焚」(おちばたき)は冬の季語、また童謡「たき火」は歌詞を見ているだけでも温かな気持ちになったものです。

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記紀神話において、国産み・神産みをした伊邪那岐命(いざなぎ:伊弉諾尊)・伊邪那美命(いざなみ:伊弉冉尊)ですが、火の神である迦具土神(かぐつち:軻遇突智)を産み、火傷をして亡くなってしまいます。

日本人は縄文の昔から、火に対する恐怖と恵みを感じながら、暮らしの中で上手に付き合い、様々な文化を生み出してきました。

「三宝荒神」(さんぽうこうじん)といわれる火産霊神(ほむすび)・奥津彦神(おきつひこ:奥津日子)・奥津姫神(おきつひめ:奥津比売)を竈(かまど)や台所にお祀(まつ)りして、〝荒ぶる神〟の神威(しんい)を恐れるとともに加護を祈るのです。

左が荒神さま

左が荒神さま

100年ごしのメッセージ

2014年11月3日 月曜日

本日は「文化の日」で、祝日法には「自由と平和を愛し、文化をすすめる」とあります。近代文化が目覚ましい発展を遂げたことから、現行法とともに定められたものです。

そして、明治天皇のお誕生日にあたり、明治期は「天長節」、昭和2年には「明治節」として国民に親しまれて来た日です。

昭和天皇崩御(ほうぎょ)後初めて明治天皇例祭に参りて  今上陛下御製 平成2年

今の世の国の基(もとい)の築かれし明治の御代を尊(とうと)みしのぶ

秋の叙勲受賞者(4029人)が発表されましたが、皇居では文化勲章授賞式が行われ、当地からも長年にわたる功績が認められ、その栄に浴された方々がいらっしゃいます。

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この三連休は七五三参りで賑わった境内ですが、節目を家族で祝い、幸先(さいさき)を祈る日本の文化は、今もこれからも大切にしたいものです。

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明治天皇の御製には、現代を生きる私たちに〝100年ごしのメッセージ〟を与えてくれている気がいたします。

明治天皇御製 明治44年

世はいかに開けゆくともいにしへの国のおきてはたがへざらなむ

明治天皇御製 明治45年

あめつちとともに久しくかはらぬは神代ながらのをしへなりけり

御神酒あがらぬ神はなし

2014年10月23日 木曜日

神社で購読(月4回・毎週月曜発行)している神社新報に、「日本酒の日」に定められている10月1日、「日本酒で乾杯推進会議」の総会・フォーラムが開催(明治記念館・530人参加)された記事が掲載されていました。

昨年12月、和食がユネスコ無形文化遺産に登録されましたが、日本酒を含めた日本食に対する評価や関心は高まっているようです。

日本人の食文化は、「海幸山幸」(うみさちやまさち)という神話の世界で表現されるように、山や川、海といった四季折々の自然に恵まれた伝統的なものです。

当然のことながら、年中行事との関わりも深く、その文化的側面は外国人にとっても、とても興味深いところだと思います。

御神酒

御神酒

昨日の朝、総代さんがお見えになりましたが、「酒祭」(さかまつり:11月6日)に先立って沢山(さわやま:三段の滝)の清掃整備作業を11月1日に行うことになっています。

酒祭は酒造神である「大酒解神」(おおさかとけのかみ)「小酒解神」(こさかとけのかみ)に沢山(さわやま)の御神水(ごしんすい)や、海川山野のお供えものを捧げてもてなします。

そのご神徳により、新酒の醸造安全と酒類業者の繁栄がもたらされるわけです。

「御神酒あがらぬ神はなし」といわれるように、日本酒が神々に捧げられるものであることは言うまでもありません。

うずらみか

うずらみか

死後の観念

2014年10月11日 土曜日

今日は市内の幼稚園では運動会が多く、台風前で関係者はほっと一安心だったと思います。

慰霊祭鎮魂太鼓奉納(19日)を前に、連日太鼓の練習にも力が入り、比々多の里には太鼓を打ち鳴らす音が鳴り響いています。

さて、本日は五十日祭や一年祭、埋葬祭など、祖先のまつりのご奉仕が続きました。

五十日祭

五十日祭(自宅)

近しい家族・親族により、一連の葬儀が手厚く営まれ、故人も安心立命の心もちにあると思われます。

一年祭(霊園の礼拝堂)

一年祭(霊園の礼拝堂)

御霊(みたま)は「この国土に留まり、そう遠いところにいかない」というのが、神道の特徴的な死後の観念です。

五十日祭(自宅)

五十日祭(自宅)

今よりははかなき身とはなげかじよ千代の住処をもとめ得つれば 本居宣長

この歌はまさに安心立命の境地といえます。

埋葬祭

埋葬祭

先祖の身が分かれたのが子孫であり、祖先の神のもとへ帰った御霊は、広く厚く子孫を見守ることでしょう。

埋葬祭

埋葬祭

それ故、祖霊の鎮魂、平安を祈る祖霊祭祀は絶やさず続けられることを願います。

新たな20年の始まり

2014年10月8日 水曜日

今日は二十四節気の一で「寒露」(かんろ)。

野草に宿る露を目にしますが、朝晩は肌にそぞろ寒気を感じる季節です。

今宵は満月が地球の影に入り、約3年ぶりの皆既月食となりました。

県神社庁から「家庭のまつり」を推奨する告知用の幟旗(ブログ「お伊勢さまと氏神さまのお神札」)が届きました。

所管神社(22社)の社頭に掲げてもらえるよう、「台風18号による被害状況調査書」とともに送付しました。

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平成25年10月の御遷宮からおよそ一年が経過しますが、昨年一年間の神宮の参拝者数は14,204,816人という過去最高数を記録しました。

神宮では10月3日に宇治橋の鳥居が新しくなりました。これは内宮(ないくう)・外宮(げくう)の両正宮(しょうぐう)の棟持柱(むなもちばしら)として20年を経た御用材が、宇治橋の鳥居として姿を変えて新たな20年の始まりを迎えたのです。

そして、更に20年後には、三重県亀山市の「関宿の追分」と桑名市の「七里の渡し」の鳥居として移され、その20年後もその他の場所に移されて鳥居やお社として再利用されます。

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この秋から来春にかけて、月讀宮(つきよみのみや)、月讀荒御魂宮(つきよみあらみたまのみや)、伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)、伊佐奈彌宮(いざなみのみや)、瀧原宮(たきはらのみや)、瀧原竝宮(たきはらならびのみや)、伊雜宮(いざわのみや)、風日祈宮(かざひのみのみや)、倭姫宮(やまとひめのみや)、土宮(つちのみや)、月夜見宮(つきよみのみや)、風宮(かぜのみや)と、12所の別宮でも同じように「遷御の儀」(せんぎょのぎ)が執り行われます。

伊勢神宮崇敬会報 みもすそ

伊勢神宮崇敬会報 みもすそ

*資料 伊勢神宮崇敬会広報物